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1.まるでかぐや姫のように
よく漫画に出てくるシチュエーションでこんなものがある。
「〇〇ができたら、付き合ってあげてもいいよ」とヒロインが嫣然と微笑むというあれだ。
それを僕の想い人、葛西ひろみちゃんは華麗にやってのけた。学校中の男子から崇拝され、女子からは羨望の眼差しを向けられる愛らしい顔に、眩しいばかりの笑みを浮かべて。
「国道沿いにバッティングセンターあるでしょ。あそこね、ホームラン打てるとカバキチのぬいぐるみもらえるの。あれくれたら、付き合ってもいいよ」
カバキチとは最近はやっているゆるキャラの名前だ。だらりと弛緩したボディと瞼が垂れ下がって前も見えない目。あれのどこに可愛さがあるのか、僕には理解不能なのだけれど、女子たちの間ではキモカワイイと評判になっている。
だが問題は当然そんな気持ち悪いものをなぜ、というところではなくて、そいつがホームランを打てないともらえないものだというところだ。
だってバッティングである。しかもホームランである。バットなんて体育でしか握ったことのない僕がである。そもそも……僕、大手将は主将は主将でも将棋部の主将であって野球とは縁遠い人間なのである。
だが、野球部のマネージャーを務めるひろみちゃんは、そんな僕の戸惑いなど無視して可憐な笑顔を向けてくる。
「私、付き合う人にはホームラン打ててほしいの。そうだなあ、120kmくらいの速球をがつーんと打ってくれたらもう、一生ついていっちゃう!」
あんな可愛い顔で言われたら、やらなきゃ男じゃないとなるだろう。
120kmの速球がどれほどのものか知らないが、ホームラン、打ってやろうじゃないか。
ホームランで絶対王手をかけてみせる!
幸いにも中三の二学期に入った今、部活はもうない。受験勉強をしなきゃまずい時期ではあるが、もともと勉強は短期集中タイプの僕だ。まだ時間はある。
なにより……僕が今、やるべきことは勉強じゃない。初めての恋にしっかり向き合うこと。これをやり遂げられなければ、これから先もきっと前に進めない。
将棋だってそうだ。諦めたら終わり。活路があるなら全力で切り開くだけ。
そんな覚悟のもと、僕はバッティングセンターに通っている。
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