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episode.1
昇降口から三階まで一気に駆け上がったせいで、猛烈に息が切れる。
それでも奏は、乱暴にドアを開けて屋上に飛び出した。ほとんど何も入っていない薄い鞄を床に投げ捨て、そのまま脇目もふらずフェンスに突進する。
錆びた金網を掴んで、宙に手を伸ばした。
その先には――大きな虹。
放課後、あんなに土砂降りだった雨が突然やんだ。不自然にできた雲の切れ間から光が射して、ぬかるんだ校庭に虹が降臨した。
奏はそれを、昇降口のガラス越しに目撃した。ちょうど下足箱から靴を取り出して、先に靴に履き替えた幼馴染の実広が何かを言って、奏が振り向いた。虹が架かったのは、まさにその時だった。
珍しく真面目な顔をした実広を通り越して、奏の意識は水滴がついたガラスの向こうに吸い寄せられた。
不意に頭の中に浮かんだ光景。
――ねえ、奏。雨が上がったら、虹が出るでしょう?
異様なほど真っ白い部屋。
ベッドに横たわる細く脆い身体。
――虹の中には小さな国があってね、そこではみんなとっても幸せに暮らしているの。
耳の奥に蘇る、諭すような優しい声。
窓を打つ雨の音。
――お母さんはこれからその虹の国に行くの。そこでずっと、奏のことを見守っているわ。だからそんなに泣かないで。お願いだから笑って。
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