炎上ポスト

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 神木祐介は目を疑った。  アルバイト帰りに近道をしようと、公園の前を横切ったら、赤い郵便ポストから黒い煙が出ていた。  中に発煙筒でも入っているのかと思ったが、ポストに近づくと、熱気が感じられた。  火事である。祐介は消火器を探したが、公園にそんなものは置いていなかった。  ならば、119番をしようかと思ったが、近くにあるものには延焼していない。このまま見て見ぬふりをして、通り過ぎた方がいいだろうか?  そんなことを考えていたら、郵便ポストの差込口から紅い炎の舌が見えた。  ポストの中の手紙類は燃え尽きて灰になるだろう。ただ、このまま見過ごすわけにはいかない。  祐介はスマホから119番をかけた。  なぜか、善意で消防に通報したのに、祐介は警察官に任意で連行された。 「ち、違いますよ。僕は火を放っていません。たまたま通りかかったら、ポストが炎上していたんです」  取調室でノッポの刑事に睨まれ、祐介は委縮してしまった。 「最近、ポストに火のついたものを投げ込んで、その様子をSNSにアップするやつがいるんだ。おまえさんもその口か?」  祐介はかぶりを振った。 「知りません。僕はそんな悪戯はしません」 「最近じゃ、#炎上ポストなんて検索したら、動画まで出てくるらしいんだ。いまどきの若いやつらは何を考えてんだかな」  刑事は椅子にどっかりと腰を下ろすと、祐介を睨みつけた。 「あの、僕は捕まってしまったんですか?」 「そうだな。もし、君が本当にやってたら、放火罪、並びに郵便法78条による郵便物の器物破損罪が適用され、5年以下の懲役、または50万円以下の罰金が科されるな」  刑事は楽しそうだった。SNSで炎上ポストをアップするやつよりも、冤罪である人間をいたぶるような取り調べをする人間の方が悪質だ。 「で、どうなんだ?神木くんだっけ?やったのか、やっていないのか?」 「僕はやってません。なら、僕のスマホを調べてください。#炎上ポストなんて、どこにもありません!」 「ああ。わかってる。君みたいな人間はポストに放火なんてしないことはわかってるつもりだ」 「じゃあ、僕は?」 「君、あの公園はよく通るの?」 「いえ。近道をしようと思って。いつもは駅前のアーケードを利用します」 「すると、公園は普段は通らない?」 「はい...」 「でも、たまたま近道をしたら、燃えている郵便ポストを発見した。神木さん、出来過ぎてませんか?」 「待ってください。僕はタバコは吸いません。だから、火のつくもの、ライターやマッチなどは所持していません」 「じゃあ、これは何だ?まさか、鑑賞用に持っていたなんて言い訳するつもりじゃないでしょうな」  刑事はハンカチに包んだジッポのライターを机の上に置いた。  祐介は顔を蒼くした。 「君のカバンから出てきた。君はタバコは吸わないようだね。タバコの箱はなかった。だけど、ジッポのライターは持っていた。つまり、これの意味するところは?」 「刑事さん、誤解です!このジッポのライターなんて知りません!本当です!」 「君さ、そんな都合のいいい言い訳、通用すると思ってるのかい?君、確か、三又物産に内定が出ているようだね。優秀なんだね。大学も東都大学だ。偏差値70以上の有名大学だね。ここでおとなしく罪を認めたらどうだ?内定は取り消されるかもしれないが、君はまだ若い。いつでもやり直せるよ」  刑事は途中から猫なで声になった。 「僕じゃありません!冤罪です!」 「じゃあ、このジッポはどう説明する?放火するやつは大きなストレスを抱えているそうだ。君は見たところ、気が小さそうだから、家などに放火する大胆さはないようだね。だから、最近バズっている#炎上ポストを思いついて、ポストの中に火を放った。違うか?」  祐介は黙秘を貫くと言い切った。  刑事は突然、机の脚を蹴った。机の縁がその勢いで祐介の胸元にあたり、祐介は椅子から転げ落ちた。 「おい、刑事なめてんのか?証拠は揃ってるんだ。おまえは紙にライターで火をつけて、ポストの中に放り込んだんだ。ストレス解消にはちょうどいいだろうよ。死ぬ人間が出るわけではないからな」  祐介はすでに怯えていた。ドラマや映画で見る取り調べの暴力が現実に起こったのだから、怯えるのも無理はない。 「いいか、おまえは言い逃れはできないんだ!わかったか!」  抵抗する青年の前に刑事は屈みこむ。 「いいこと教えてやろう。罪ってな、ストーリーが作られていくんだ。おまえはポストに放火した。どこかで放火癖を止めたいと考えていた。とりあえず、消防に通報しようと思った。そして、荷物検査で犯行に使用したライターが見つかった。ざっとこんなストーリーだ」  刑事は仏壇の前に座り、ピースサインをしている息子の優弥の遺影を見た。  鉦を二回鳴らし、合掌する。 「優弥、無念は晴らしたぞ。三年前に優弥を車で轢いて逃げた男に社会的制裁を与えてやった。まだまだ、制裁は足らないけど、優弥、やっと父さん、父さんらしいこと、してやれたかな?どうしても犯人が許せなかった。神木が政治家の息子だからって、轢き逃げをもみ消しにされたんじゃ、優弥は犬死にだ。敵討ちなんて、古臭いけど、父さんがしてやれることは、せいぜいこのくらいだ。ただ、優弥にどうしても届けたかった。父さんらしい姿をね。優弥に届けたい思いが勝ったよ。天国でゆっくりおやすみ」  刑事は仏壇の遺影に語り掛けながら、必死に涙を堪えた。         (了)
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