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 健は少し腹が立ってきた。  雨上がりの湿度の高さが一気に増したように感じ、それがイライラをさらに増幅させた。   「おい、いつまで笑っているんだ?」  まだ二人は笑っている。  それどころか、笑い声はどんどん大きくなってきた。  健は蒸し蒸しとした暑さの不快感が、二人の笑い声でさらに増幅されていく気がした。  そもそも二人には騙されたのだ。  小学生が、大の大人を騙して、からかって、それでいいのか?  許されるのか?   考える間もなかった。  健はとっさに少女を突き飛ばした。  少女は「あっ」とだけ言って、左足を水たまりに踏み入れた。  そして、そのまま一気に太ももまで沈んでしまった。 「あー!」    少女は引きつった顔で、少年のランドセルを掴んだ。  少年はすぐに身をひねって、ランドセルを脱いだ。  支持を失った少女はさらに水たまりに沈んだ。  右足を水たまりの縁にかけ、両手で水たまりの縁をつかんでかろうじて身体を支えている状態だった。  少年はすぐに引き上げようとしたが、少女の体勢の悪さや、力不足なのか、上手くいかない。 「ちょっと! 何よ、これ!?」  突然、少女は水たまりを見て、ギョッとした顔つきになった。  それからすぐにハッとした様子で健を見て、叫びはじめた。 「た、たすけて! 何かいる、この中! 引っ張ってるの!」  その声は震えている。  目は怯え、顔は大人の女のようにひきつっている。   「騙されないぞ。演技なんだろ」  健はそう言って後ずさりした。 「本当は水たまりの中で足を曲げてるだけなんだろ?」  騙されない。  もう引っかからないぞ。  健はぱっと走り出した。  営業所はすぐそこだ。  もう振り返る気はない。  どうせ振り返れば、二人はニヤニヤ笑っているのだ。  雨上がりの蒸し蒸しとした暑さに加え、また喧噪が健の耳に入ってきた。  セミの声、カエルの声も響く。  子供の声は聞こえない。  健は、またすぐにでもどしゃ降りが降ってほしいと、そう思いながら走り続けた。                   FIN
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