雨上がりの泥濘

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2525キャッシュは暴力団神原組の表向きの商売だ。表向きとはいえヤミ金という業態そのものが法律に反するのだから、厳密には2525キャッシュも決して表の商売とはいえない。しかしそれはまあひとまず脇へ置いておく。私は余計なものはいつもひとまず脇へ置いておく。四十四年間そうやって生きてきた。その結果として「スミス」と「ウェッソン」と「私」の三人でヤミ金を襲撃すべく、空腹と戦いながらエレベーターに乗っている。 エレベーターから出てすぐが、ヤミ金2525キャッシュだ。 窓のない扉に、素っ気ないプラスチック製プレートが貼りつけてある。プレートには黒文字で店名が印字してある。 六階の通路は静まり返っている。人影ひとつない。2525キャッシュのすぐ隣はいかにも怪しげな風俗店だ。だがまだ営業開始時間にほど遠いせいか、やはり人の気配はない。 緊張ゆえか。さすがに心臓の動きが速くなってきた。緊張をほぐすために、私の頼れるふたりの相棒「スミス」と「ウェッソン」に暫し話し相手になって貰おう。 懐から回転式拳銃――三十八口径スミス&ウェッソンM36チーフスペシャル――を取り出して、鋼鉄の冷たさを手のひらに感じた。 創業は一八五四年。米国の老舗銃器メーカーであるスミス&ウェッソン。創業者は「スミス」と「ウェッソン」。彼らふたりが私の頼れる相棒だ。ふたりが実際のところどんな容貌をしていたのか、二十一世紀の現代に生きる私には知るよしもないのだが、それでも私は勝手な想像でふたりの姿をイメージしている。 スミスは苦虫を噛み潰したような顔の頑固者。ウェッソンは陽気なお調子者だ。 「上手く行くだろうか」 私の問いに、スミスは「それは君の手腕によるところが大きいだろう。我々は最大限の助力はするが、最後にものをいうのは君のガッツだよ」と答え、もうひとりの相棒のウェッソンは「まあやってみなけりゃわからんさ。駄目なら駄目でまた他の機会を探せばいい。ただそれだけの話さ。わっはっはっ」と陽気に笑う。 スミスが咳払いをした。 ウェッソンが真顔になった。 「まあ、いずれにしてもこれから土砂降りの雨になる。だが止まぬ雨はない。いつかは晴れ間が顔を覗かせる。足下は泥濘となって暫くの間は歩くのもままならないだろうが、やがて暖かな陽気がすべてを祝福してくれるだろう。わっはっはっはっ」 「そこで笑うかね、ウェッソン」 ため息するスミス。 私は深呼吸をして、スミス&ウェッソン回転式五連発を見つめた。
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