雨上がりの泥濘

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ふと甘えた考えが頭をよぎる。 ――欲張りは言わない。当面の生活費を都合してもらえればそれでいい。百万でいい。何も言わず百万円借してくれ!―― しかしもう駄目だ。さすがの2525キャッシュも、今さらびた一文だって貸してはくれない。 だから私は甘えを捨て去り、強烈な覚悟をもって、計画を実行に移す。 頼れる相棒「スミス」と「ウェッソン」に勇気を借りて、ヤミ金2525キャッシュの扉を勢いよく蹴り開けた。 私の頭の中では、ごうごうと雨音が鳴り響いている。稲妻が光った。少し遅れて雷鳴が轟いた。 今は土砂降りだが、やがて必ず雨は上がるはず。雨上がりの道はきっと泥濘だ。足首まで浸かるほどの酷い粘着質な泥濘に両足首まで埋まりながら、私は歩いてゆくのだ。いつの日にか、死して灰になるその日まで。 「何だ何だ?」 応接椅子にだらしなく寝そべっていたアロハシャツの飛田が、声を裏返した。 「誰かと思ったら咲田かよ」 飛田はため息をして、床を蹴って立ち上がった。まるでバネ仕掛けの人形だ。 「こら咲田、今日こそは金を返しに来たんだろうな。また金貸してくれなんてほざきやがったら、マジでぶち殺すぞこの野郎」 ハイテンションな飛田のすぐ横で、喜多が涼しい顔で煙草を吸っている。空中に輪っかがたくさん浮いて、ふわふわ漂っていた。 無口な西は、立って壁に寄り掛かりながら、出前の味噌拉麺を啜っている。 カウンターの向こうに立つ黒シャツの六角が、顔色ひとつ変えず私を見つめて言った。「咲田さん、元刑事なんですから、道理は通してもらわないと。取り敢えず利息だけでもきちんと返済してくださいよ」 「やくざとズブズブなって懲戒免職食らった刑事に、道理もヘッタクレもあるかい」 アロハシャツの飛田が嘲り笑った。 黒シャツの六角は、仏頂面をしたまま深いため息をついた。 だが私は、懲戒免職にはなっていない。 監察に睨まれた。やくざとの癒着関係を追及された。保身術に長けた警察幹部に取り囲まれた。依願退職を強要された。二十年以上の歳月を捧げた職と引き替えに、私のすべての罪は闇に葬り去られ、そして警察幹部たちは管理者責任から逃れた。 「依願退職だよ馬鹿野郎」 「同じだ馬鹿野郎」 飛田の顔に青筋が走った。
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