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急に汗でベタベタしはじめた親指で、ページを下の方へスクロールしてみる。写真が数枚。いや、読み込まれていないだけで、九枚、十八枚、それ以上あるらしかった。
タイル状に並ぶサムネイル画像は、全部同じ構図だった。適当にそのうちの一枚をタップして、拡大表示してみる。
口元より上は写っていないが、窓越しに、一人の人物が、右隣からのアングルで写されている。窓の向こうで、銀色の電車に乗っているその人物は、いまおれが身に纏っているのと同じ、黒の学ランを着ていて――。
全身の皮膚が粟立つような感覚の中、トップページに戻ると、一枚の写真が目に留まる。ついさっき開いたときにはなかった写真だった。なぜそれが分かるかと言えば、その一枚だけ、他の写真と構図が明らかに異なっていたからだ。
いつも右隣から写されていたはずの被写体は、明らかに身体を撮影者側に向けていた。片手にはスマホのホーム画面を示すように見せながら、反対の手はそれを指さしている。ホーム画面のアイコンの並び、そしてその背景に設定された画像。すべて、おれのスマホのものと一致している。
彼女はさっき、このアカウントの存在を表すと同時に、本当に写真まで撮っていたのか――?
すっかり力が抜けてしまったようで、知らぬ間に足が止まっていた。そろそろ走らなければ遅刻が危ぶまれる時間だったが、おれはざわつく胸の感覚をこらえながら、写真に添えられたキャプションへ目を通した。
〈このアカウントの写真は、あなたが毎朝、電車が動き出して私から視線を外したすきに撮りためていたものです。
さっきあなたにIDを伝えるまで、ずっとアカウントは非公開のまま、自分だけで写真を眺めていました。気づいたらこんなにたくさん集まっていたことに、自分でも驚いています。
でも、そのおかげでやっと自覚できたことがあります。
私はもう、あなたをただこっそり盗み見るだけでは、満足ができそうにないということ。
名前もわからないあなたへ。
私はもっと、あなたのことを知りたい。
この気持ちを、あなたに直接、届けたいです。
あなたも同じ気持ちでいてくれているのなら、DMをください。ずっと待っています〉
文末には「まど」でも「まどか」でもない、いかにも女の子な名前が記されていた。これが彼女の本名なのか、はたまたフェイクなのかは真偽を区別できない。あまりにも情報が多すぎるようで、実際は少なすぎるのだった。
彼女もまた、おれのことを目で追っていた。ただしあっちは隠し撮りをしていたのだから、おれよりも一枚上手と言っていい。待ってくれ、冷静に評価を下している場合じゃない。おれは彼女をコソコソとちら見していたことがすべてバレていて、そんな彼女はおれのことを写真に残す程度には「気になっている」という。その「気になっている」が恋愛的な意味でのそれなのか、いずれ然るべき機関へ告発をするための材料集めとして「気になっている」なのか、判断ができかねる。きっと、おれが突然自分と同じ単語帳を使い始めたことだってバレているはずだ。
おれはどうしたらいい。学校までは相手に割れているし、今更逃げ隠れできるような状況でもない。たとえ車両を移動したり、乗る電車を変えたところで、何も変わりはしないだろう。
嗚呼、やっぱ窓越しに眺めているだけでよかったってことなんだろうか。変に近づこうと思って、目が合った時にそれを伏せなかったことがこの状況に繋がっているとしか思えない。
けれど、まあ、そうだな。
やっぱり「横恋慕」ではなかったぞ。
まずは、銭谷へ正直に報告してみよう。持つべきものは友だ。こういう時は、第三者の目線が必要だし――。
カシャ
後ろから響いたスマホのシャッター音によって、おれの歩みはたった一歩で再び止まった。
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