剣客 原口源左衛門

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 雪乃は泣いていた。  ふすまの向こうで男たちの話を聞いていたのである。雪乃にはそこしか居場所がなかったから、聞こうと思わなくても聞こえた。 「米形に帰る」  源左衛門がそう告げると、雪乃は黙って頷いた。  源左衛門はその日の午後、目付け役の大村の家に行った。大村は丁度、城から帰ってきたところであった。 「どうしました?」  源左衛門を客間に通したのち、大村は尋ねた。 「米形に帰ることになりました。今までここでの仕官のお願いをしていながら、誠に申し訳ありません」  源左衛門は正座したまま頭を下げた。 「そうですか。それはよかった。しかし私も上司にあなたの仕官の話をしてあるので、この事を報告しなければなりません。まさかそれでもここに留まれとは言わないでしょうが、こちらから連絡があるまでほんの少しの間、米形に帰るのを持っていてもらいたい」 「はい。そのつもりです」  源左衛門はそう言い、長屋を訪れた米形藩士たちとの会話の内容を話した。  源左衛門が大村の家を出たときには、すでに夕方になっていた。  急いで歩き、与助の家に行った。  米形に帰ることになったと告げ、今まで世話になった礼を述べると、与助は残念そうな顔をした。 「そうかい。あんたならここでいいお侍さんになれると思っていたのだが。達者でな」  源左衛門は頭を下げて与助に別れの言葉を告げると、家へと帰った。  『甚八』では米形に帰る日が決まるまで、店に来てほしいと頼まれた。 「最後の日は腕を振るって料理を用意しますから。お別れに一杯やりましょう」  甚六はそう言って源左衛門との別れを惜しんだ。  翌日の夕方になって、大村からの使いが源左衛門の長屋を訪れた。  次の日に登城せよとの藩のほうから連絡があり、大村も同行するから支度をしておくようにとのことであった。
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