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二人が結婚してまだ半年ほどである。子供はいない。
源左衛門は雪乃と結婚して初めて、雪乃は世間で言われているように高慢でも自分本位の性格でもないと知った。雪乃なら、一度結婚をしくじったとしても、うまくやり直せるだろうと思った。
さらさらと離縁状を書く源左衛門の後ろで、雪乃は座ったまま俯いている。
「お願いです。連れていって下さい」
震える声で雪乃が言った。
「駄目だ。私と一緒に行けばお前は今よりも苦労することになる。長尾に帰りなさい」
源左衛門はぴしゃりと冷たく言った。
俯く雪乃の下の畳に、ぽたり、ぽたりと涙が落ちた。
「わかりました。もう御一緒したいとは申しません。でも、長尾にも帰りません」
「雪乃」
「私は髪を切ります。お寺に入って源左衛門さまが帰ってくるのをお待ちします」
「何を言う。私はもう米形には戻らない」
「いいのです。私は一生源左衛門さまの帰りを待ちながら朽ちてゆきます」
「雪乃・・・」
源左衛門は雪乃を見た。
雪乃は俯いたままの姿勢でいる。
「わかった。お前も支度をしなさい。整ったらすぐに出かける」
「はい」
涙声で返事をした雪乃は、静かに部屋を出ていった。
翌朝、胸騒ぎを覚えた山本竜安が源左衛門を訪ねた時、すでに家はもぬけの殻であった。机には山本と原口家、長尾家に宛てた三通の書状だけが残されていた。
「源左衛門め、早まったことを」
竜安は無念そうにつぶやいた。
数日後、数名の者が米形城下を旅立っていった。その中には木村勇吾の弟、木村省吾の姿もあった。
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