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結局やっぱりマンションまで送ってもらってしまった。入口のところで向かい合う。
「今日は重ね重ねすみませんでした。アプリコットにつき合わせた挙句、湿布まで」
相も変わらず突っ立ってお詫びする。
「いや、ほんと全然気にしないで。俺も美味しかったし」
「そう、ですか。でもじゃあ今度は瀬名さんのリクエストで」
「ハハ、分かった。なら候補絞っとくよ。そうだな、栗とか?」
「え、いきなり秋?」
「そうか、夏を飛ばしたな」
「瀬名さんですよ? 夏は必須事項じゃないですか」
俺? 夏?と首を捻っている。ああ羨ましい、私は今それは禁忌なんですってば。首、捻れない。
「だって瀬名さんは夏ぞ、」
「夏ぞ?」
いや、危ない危ない。夏空みたいな人、なんて私が勝手に呼んでるだけなんだから。
「……夏ぞ、来にけり」
「え、感嘆? 初夏だけに?」
「初夏だけに」
頷きそうになって慌てて首を押さえた。
「せ、瀬名さんや、夏ぞ来にけり」
「何だそれは」
「何でしょうね、一体」
顔を見合わせて笑った。ああ良いなあ。この感じ。
「それとイブ、今年は久しぶりに行けるといいですね、和光」
「うん、そうだね。やっぱりクリスマスだよな」
「ですね。あ、もうジャンプは無理かもですけど」
「え、無理なの? やってよ。あれがないと、何かこう一年が締まらない」
わざとしかつめらしい顔をして瀬名さんが言い切る。
何ですか、それは。 いや、だから紅白みたいなもので。イブなのに? イブなのに。またひとしきり笑い合った。
じゃあくれぐれもお大事にと瀬名さんが言い、ありがとうございますと見送った。明るい夏の夜闇にその背中が見えなくなるまで。
何であの日、わざわざあんなことを言ってしまったんだろう。今年はイブに和光、だなんて。
半年後のことなんて何も予測出来ていなかった二人だった。
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