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艦は航路を南西に変え、アフリカ大陸の南端、喜望峰を目指す。
南緯40°に到達。
このまま南に進めば南極だ。
広大なアフリカ大陸の南端近くは、風を遮るものがないため、強い西風が吹く。
あまりにも海が荒れるため、船乗りたちは南緯40°を「吠える40°(Roaring Forties)」と呼ぶ。
伊92もまた、南緯40°での航海に難儀した。
浮上していれば転覆させられそうな暴風である。
水深50mまで潜って航行を続ける。
しかし、海の荒れは深海にも影響を及ぼしていた。
激しく艦が揺れ、まともに操縦できない。
総員、安全姿勢を取るが、それも意味がなかった。
大きく艦が傾き、壁に体をぶつけて怪我をする者が続出した。
立つのはほぼ無理な状況である。
艦内のさまざまな物が倒れて床を転がっていく。
揺れには慣れているはずの潜水艦乗りも、ついには船酔い状態となり、嘔吐した吐瀉物の匂いと便器から溢れて出てくる糞尿の匂いとが混ざり合い、艦内に凄まじい匂いが立ち込める。
艦の上部で大きな音がした。
敵襲か?
いや、こんな強風の中、敵だって攻撃は不可能だ。
艦の一部に穴が空き、浸水しているようだ。
アフリカの南端でこの艦は沈没してしまうのだろうか。
なんとか喜望峰を抜け、進路を北に取る。
緯度が下がるに連れ、風も収まってきた。
浮上して点検を行う。
航空機の格納庫に3mの大穴が開いていることが判明、さっそく修理を行った。
浸水がここだけで済んだのが幸いであった。
しかし、潜水艦にこんな大穴を開けるとは、吠える40°というより、噛みつく40°と言ってもよいのかもしれない。
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