Dance in the Light (ダンス・イン・ザ・ライト)

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9. 無視しましょう、と。  大胆にも最初に意見したのは、参謀中、最古参のマデイ将軍だ。 ――敵は、我らの民の気質をよくよく見抜いている。敵の言葉に乗ってはいけません。  長い白眉に埋もれた柔和な瞳をしばたかせ、力ある口調で老将軍は主張した。  あなたは無論、心の底では老将軍の賢明な判断を支持する。そして驚嘆もしていた。この老人は、どこまでも保守的でありながら、戦時においては伝統にしばられぬ実質的な思考を持っている。いかにして勝つか。それのみを柔軟に貪欲に追い求める真の知将の姿がそこにある。  しかし。もちろん、彼の意見は聞き入れられない。帝国相手に、恥をさらすことはまかりならない。砂の民の誇りはどこへ行ったのか。勇猛ではあるが、大局が見えていない幾人かの力ある参謀たちが、口々に勇壮な言葉を吐いて陣所の空気を支配する。 「恐れながら。恥、だの。誇り、だの。この戦局の序盤で、仮にもイーハ様という最高の指揮者を失い、結果、谷すべてが滅んでしまうなら、そんな誇りがいったい何の役に立つでしょう?」  陣所の中では最も若い十八騎隊長のウーマが、燃え立つ瞳で、とりまく古参の参謀たちを激しくにらんだ。 「愚策です。古式の誇りのなんとかは、この際、砂井戸の底にでも埋めておきましょう。最も有能なる指揮者の命を、やすやすとこちらから敵に差し出すなど。それが誇りだと言うのなら。わたしはそのような誇りは不要と、この場で断じます亅  言葉をつつしめ、ウーマよ! 戦の法を愚弄するのか! なぜ最初から、こちらが負けるなどと決めつけるのだ!  あちこちから怒号が押し寄せる。それでも反論を惜しまぬウーマではあったが。合議の結論は、もうこの時点で見えている。 「しずまれ。皆。」  あなたは片手を上げてその場を制する。 「出よう。受けよう。わたしは命を惜しむことはない」  強気な微笑をそこにつくって、あなたは張りある言葉をその空間につむぎだす。 「案ずるな、ウーマ。勝てば、味方の士気は大いに鼓舞される。たとえ万にひとつ敗れても、ひるまず戦うわたしの姿勢が、兵の勇気に火をつけよう。ちょうど良い機会だ。歴史あるアデルデの誇りと勇気と強さを、腐敗に沈む帝国の駄兵らの前で見せつけてやろうではないか」  自信に満ちた声を参謀たちに届けたあなたは、しかし、心の中では知っている。あなたはおそらく、勝つことはできない。ウーマもそれを知っている。なぜならウーマはあなたと同様、剣技をどこまでも磨き抜き、血と混沌とが支配する戦地をつらぬく真の勇気も勝利も敗北も、他の誰より知り尽くした本当の戦士だからだ。戦士の心に、嘘はひとつも通じない。あなたの言葉が耳に届いたその瞬間、ウーマの凛々しい二つの瞳が苦痛にゆがむ。なぜ、そのような虚偽の言葉をおっしゃるのですか、と。ウーマは怒りにうるんだ瞳で、泣くほどあなたに伝えたい。  そうだ。ウーマは正しい。おそらくあなたは、勝てないだろう。この東イストバル世界を長く軍威で支配してきた大帝国の、帝国最精鋭の勇士の中の勇士が、あなたの前に立ちはだかるのだ。それは容易な戦いになるはずもない。むしろ、そこであなたが勝てる可能性のほうが、おそらくはるかに小さいだろう。認める認めないではなく。それは厳然とそこにある、どこまでも非情な現実だ。
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