Dance in the Light (ダンス・イン・ザ・ライト)

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10.  夜明けの乾いた風の中、鉄の足枷をとかれたおまえは、これよりほどなく単兵戦に臨むようにと本営伝令からの短い戦令を受け取った。 必ず倒せ。それだけがおまえに求められることだ。勝利した暁には、自由市民への正式登録、その手続きへの賛助を惜しまぬと。将軍閣下はおっしゃっている。  いっさいの感情を交えぬ口調で、本営からの伝令兵が純黒のヘルムごしにおまえに届けたその言葉。しかしおまえは知っている。自由市民への道をひらく、だとか。賛助を惜しまぬ、だとか。見え透いた甘い言葉は聞き飽きた。そして命をかけてその餌に喰らいついたあなたが帝都に戻ったそのときには、辺地の戦場でいっときかわされた甘い響きの約束などは、たちまち翻されて消えてゆく。もとよりそのような言葉自体がなかったと。あったはずの過去をやすやすとその場で新たに書き換える。やつらはそれをためらうことがない。 いつも、何度もそうだった。だから今度も同じこと。おまえは言葉を信じない。おまえは何も信じない。  ただひとつ。信じられるのはおまえの力だ。続けたいのはおまえの命だ。戦場指揮者の空約束の言葉の重みは、砂の大地の空を舞うシンジル鳥の羽根1つよりより軽いものだ。そんなものは、おまえにとっては意味がない。  意味があるのは。勝つこと。死なぬこと。死なずに先まで永らえること。おまえが全霊をかけて直視する、命の言葉はそれだけだ。  いまだに光が足りない夜明けの砂地の営所の下で、四人の兵装奴隷たちが、おまえの体に、帝国正規の黒鉄の鎧を手慣れた動作で取り付けてゆく。防御に優れたその兵装は、おまえにとっては必要以上に重すぎる。おまえの動きに制限をかけ、おまえの力を八割ほどしか発揮させない。帝都地下の闘技場でおまえを支えた闘技会用の軽装の方がよほどおまえには好ましい。  いまいましいことだ、と。おまえは心の奥で舌を打つ。しかし。おまえに選択の余地はない。たちまちのうちに、おまえは見た目だけなら正規の帝国上位兵と見まがう姿に変えられてゆく。温度を持たぬその暗鉄のプレートにくるまれて。おまえはおまえという個人ではなく、純粋に戦うだけの機構におちてゆく。  処刑機、と。皆が、おまえのことを称しているのはおまえも承知だ。最初は馬鹿にしていたが。しかし、案外にその二つ名は、自分にふさわしいのかもしれないと。黒のヘルムのその限られた視野の中にうつりこむ明けゆく砂空の明るみに目を向けて、おまえはまるで他人事のような、ひとつの乾いた感慨を持つ。そしてそれを、音のある言葉にはあえてせず、おまえの中だけでつぶやいた。  処刑機アーグバル。その名をおまえは、いま、その全身で受け入れる。
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