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12.
「アデルデ王国、代王のイーハ・ヨルヲガンヌだ」
両陣営が言葉をのんで見守る中で。大門前の砂地にたたずむあなたは、進み出てきた帝国の闘士に―― というよりは、戦場すべてに届けるために、とりわけ高く声を張る。
「…帝国の闘士、アーグバルだ。それ以上の名前は持たない」
思いのほかに個性のない、標準的な帝国正装の黒鎧をしずかにまとった帝国兵が、あなたの前に声を届けた。その声は、かすれた女の声色であり―― そしてどこか、投げやりだ。そこにはいらだちの響きすら含まれる。
アーグバル。処刑機アーグバルか。
なるほど。相手の方は、帝国きっての最高の闘士をあなたにぶつけてきたわけだ。最後に戦う相手としては、まったく不足を感じない。むしろ良い。最高の朝に、最高の敵があなたを死への舞踏にいざなってくれるのだ。これ以上あなたは、今ここで何を望むべきだろう。
「では。始めようか。いつでもよいぞ?」
曲剣をななめにかまえて、あなたは相手に微笑みかける。
「…アデルデの王。おまえを殺す。」
「殺せるならば、やってみろ。わたしもむざむざ、死ぬのをここで待つだけでない」
「では、ゆく。」
「来い、」
黒をまとって飛び込んで来たのは、それはもう剣というよりも、殺意だけで固められた無機質な刃だ。まるで機械だ。的確に正確に。あなたを誘い、あなたの急所を対単距離で突いてくる。あなたは盾でそれらをいなし、数歩後退しながら突き返し、殺意の刃をやりすごす。あなたを純粋に驚かせたのは、その恐るべき速さと正確性、そしてときおり見せる変則的な踏み込みと、他ではいっさい見たことのない、独創的な斬撃の角度だ。
この間合いで、この呼吸で―― しかも、下から、だと!
ありえない刃の動作に、とまどいをこえて、あなたは笑った。
すごいな! アーグバル! おまえは強い! しかもひとつひとつの刃が重い!
それほど腕力があるようにも見えないあの腕の振りから、いったいどうしてここまでの力が生み出されるのだろう。動きの速さが為せる技なのか。
必死の後退を繰り返すあなたは、ようやくのことで敵の連撃を防ぎ切り、一気に息をひとつ吸い、今度はあなたの側から、瞬時に間合いをつめてゆく。あなたの足のその下で、この日のはじまりの太陽の熱を含みはじめた赤砂がはじける。
さあ。踊りはまだ、はじまったばかり。踊ろうじゃないか。遊ぼうじゃないか。まだ夏の日ははじまったばかりだ。こんどはこちらのこの渾身の振りを。おまえは受けることができるかい? おまえは読むことができるのかい? さあ。踊ろう。ゆこう。夏の光の粉の舞う、この砂原のただ中で!
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