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14.
――おもしろい、な。
おもしろい。できるやつだ。ものすごいやつだ。
あのようなやつは、これまで幾多の戦場でも。空気の淀んだ帝都の地下の混沌の中でも。どこでも、出会ったことがない。
おもしろいじゃないか。おもしろい。
なんなんだあいつは。なぜそこで笑う。あいつは何を楽しんでいるのだ。あいつは何を、今そこに見ているのだ。
敵の王たるその勇士が、一瞬、視線をなぜか空に向けたのを、おまえの視覚は確かにとらえた。命のやりとりをするこの戦場で、あいつは空に、何を見る? あいつはいったいここでどんな景色を見ているというのか?
知りたい。知りたい。
わくわく、してくる。心がぞわりと、おどりたつ。
なんだこの感覚は。なんだこの胸の動悸は。そしてなんだ、この風音は。
あれだけ憎んで殺すことのみを待ち望んでいた、そのはずの、そのはずの敵が――
とても、おまえに、心地よい。
好敵手、だ。好ましい敵だ。
あいつはひどく、好ましい。
とつぜん乾いた風の匂いが、荒れた肺の中にとびこんできて、おまえはとまどい、そして胸が、どきどきした。それは単なる、そこに死をはらんだ深く激しい循環器械の鼓動ではなく。それは熱い。それは踊る。それはおまえの中で躍動する。
空の色が変わった。風の向きが変わった。何かがおまえの中で溶けてゆく。何かがおまえの中で変わりはじめる。何だ。何だ。なにが起ころうとしているのだ。
「どうした? 来ないか? あるいは小休止が必要か?」
砂風よりも軽やかな、からかいを含んだ相手の声が、お前の耳にまっすぐ届く。そいつは笑っているようだ。そうだ。そいつは確かに、いままた、笑った。
「ばかめ。序盤だ。ひとつ当てた程度でいい気になるなよ、」
おまえは言葉をそいつに返した。
初めてのことだ。戦いの途中で、相手に言葉を発するなどと。言葉などは。もう死んだはずの何かのはずだ。言葉などは。言葉などは。でもなぜかおまえは、そいつに言葉を伝えたくてしょうがない。
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