Dance in the Light (ダンス・イン・ザ・ライト)

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4.  女として生まれたそのことで、人から低く見られることに。あなたが気づいたのは幼い頃だ。 女なのに、そんな遊びを。女なのに、剣術などを。  あなたが何かを行うたびに、あなたを取り巻く者たちは、眉をしかめて小言を言った。あなたは王族の子女なのです。そのようなことは、姫たるあなたにふさわしくありません。  けれど、あなたは問いかける。  誰がそれを決めたのですか。  わたしは武芸が好きなのです。競い合って、体を鍛えることが何より心を喜ばせるのです。熱夏のさなかの昼下がり、焼き付く赤砂の上を、すべての力でこの足で、どこまでも駆けるのが好きなのです。冬のみ砂谷の底を流れる河の流れに逆らって、力のままに水を掻くのがどれほど楽しいことでしょう。砂の静かな星降る夜に、ひとり物見の塔にたち、幾万の星の歴史に思いをはせるのが好きなのです。地下に眠れる古代の書庫にこもりきり、世界の歴史をしずかに学ぶことが他の何より楽しいのです。  女だから、そこまで学問をする必要がないと言われるのはなぜですか。  女だから、そこまで剣技を身に付けるのははしたないと、小言を言われるのはなぜですか。誰がそれを決めたのですが。誰がいつから、決めたのですか。  そうして奔放に生きはじめたあなたのことを、父王は、あくまで、しずかに見守ってくれた。まあ、よいではないでか。何ごとも、誰にも、好みの生き方はあるものだ。ひとつ、長い目で、この子を見てやろうではないか。  あなたの父はそう言って、砂と汗にみまわれて剣をふるあなたを。寝食を忘れて書庫にこもりきるあなたを。父王はいつも、少し困った笑みを浮かべて、それでも遠くから、静かに無言で眺めてくれていた。ことさら何かを禁じることなく、あらゆるものを自由に学び身に付けることを確かに認めてくれたのは、唯一、父王だけだった。  しかし。 「流行りの奇病」に両親ともが倒れたあの年からは、あなたの自由は急速に遠ざかる。王を継ぐべき直系の子女とは、あなたをおいて他にない。だが。だからといって、千年続く小王国の慣例に反する形で、女のあなたを即座に次王の位につけることは、臣下も民も認めまい。  「国王以下、宰相以上」の臨時の役職「代王」の地位をこの場で仮につくりあげ、けれども事実上の王として、あなたがこの王国の指揮をとるよう進言したのは、父王にどこまでも忠実だった、知恵にあふれる幾人かの古い廷臣たちだ。以来、十一年。あなたはあくまで仮の王として。この辺境の砂谷で千年にわたってつづいてきたこの国を、廷臣とともに、なんとか潰さず統治してきた。  ただし。あなたが統べる砂谷アデルデ王国は、「王国」とは呼べども、その実態は帝国傘下の従属国。谷の財力をかえりみれば、あまりに過大な銀鉱石を帝都に献上し。わずかな水で生をつなげる頑丈なるグルカ牛を毎年、何百と献上し。戦の年には兵を出し。専暴なる帝国の、気まぐれな尻尾を踏むことだけはないように。なるだけ息をひそめて、名もなき辺境蛮族国家のひとつとして平和に生き永らえていけるように。  ときにはあなたは卑屈なまでにへりくだり、帝国使節の顔色を窺って窺って、今日まで国を維持してきたのだ。それはひとえに、寝食惜しまぬ、強い意思をもった、あなたの勤勉なる不断のはたらきがあったからだ。  けれどその実情をわずかも知らぬ民たちは、なぜ、帝国に弱腰なのか。なぜ、立ち向かわぬのかと。しょせんは腰抜けの女王未満。やはり女は王の器にあるはずもなし。  …などと。心無い不満の声をことあるごとにあなたにぶつけた。  あなたは何度、渓谷の垂直壁を背負ってそびえる王城の大突堤にひとり立ち、苦い微笑を唇に浮かべて嚙み殺してきたことか。  すまない。わたしが力不足のために、皆にはつらい日々を送らせている。だが、こらえて欲しい、と。壁下につどった民にあなたは頭を深く下げ、心からの詫びを伝えた。何度も伝えた。伝えてきたのだ。  水が足りぬのならば、深井戸を掘ろう。それでも水が足りぬのならば、北の峰からこの地まで、新たな地下の運河を掘り抜こうではないか。古代の民がなしえたことを、今のわれらがなせない理由はないはずだ。イル麦が育たぬならば、日照りに強いディハン豆を育てよう。塩がこの冬足りぬなら、塩砂漠の交易国家サゥトーブと、岩塩交易の有利な条件を取り付けよう。  可能なことは、すべて、あなたはやってきた。谷の民の暮らしが、少しでも良くなるように。かつての輝いていた誇り高い砂の民の栄光を少しでも取り戻せるように。あなたは寝食を忘れ、いくつもの課題に立ち向かってきた。多くの民は知らずとも。あなた自身が、もっともそれを知っている。  けれども、だ。  けれども――
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