Dance in the Light (ダンス・イン・ザ・ライト)

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7.  うんざりするほど長くひきずる行軍の果てに、おまえがたどりついたのは砂塵の中にそびえたつ門だ。 自然の岩山を削り出して造営されたその砂色の門と双壁は、古代の民の手によるものらしい。ここがその、敵対異民族らが統べる渓谷の入り口。イヲルの大門と呼ばれる、敵軍の前哨。最初に攻略すべき防衛線だ。  しかし。なんだ、これは。  これがその―― イヲルの大門… なのか…?  赤一色の朝焼けの空を背景に、圧倒的な巨大さで行く手を遮る異常な高さの古代の構造物の足元で、群れをなす帝国兵たちのざわめきが漏れている。もちろん、帝国支配下の多くの都市にも壮麗な建築物は幾多も存在している。が、さすがに――  この砂の辺境の奥地で初めて目にした、この途方もない建築物を上回るものはない。いったいその、この地をかつて統べていた古代民とやらは―― いかなる技術をもって、人間離れしたこの門を築いたのだろうか。もちろんおまえも、初めて目にする常識外れの大きさの岩門に、いっしゅん目を奪われたのを否定はしない。  が、すぐに飽きる。しょせんは、ただの岩だ。どれだけ装飾しようとも。どれだけ古代のなんとやらが優れた技術を持っていたとしても。自然の岩で作られたそれ自体が、何か特別な破壊の力を持つわけではない。  それに。今はもう古代ではない。その門より先、その、「なんとか谷」に張りついて貧しい生をつないでいるその何とかという異民族が、今まだこの時にも、特別すぐれた古代の技術を持っているわけではないだろう。そしておまえは建築や歴史などには、みじんも興味がないわけだ。  興味があるのは―― その先。そこを最初の防衛線として、その向こうで待ち受けている異族の兵たちを、どのように屠るのか。それだけが今のおまえの関心事だ。  ――指示があるまで、待機せよ。  そう言われてから、二つ目の夜が無為のままに明けてゆく。法外に巨大でいびつにゆがんだ、深紅の光をふりまく辺地の夜明けの太陽が、はやくも大地に熱波を伝えてじりじり高度を上げてゆく。その鈍い赤に染まった光の下で、開戦にそなえて戦闘準備の陣形を整える二万超の前衛部隊が、そびえる大門前の平らな砂地をぎしりと埋め尽くす。重装兵たちの鎧がきしむ乾いた音と、荷役の牛たちのいななきが、赤い砂の地のすべてを上塗りしてゆく。  砂の大地の最奥で。その、すでに予定された相当規模の戦いの、最初の舞台が粛々と整えられてゆく。ここから敵方の動きは見えないが―― おそらく、あそこに見える岩の門の内部でも、敵国の前線守備隊が、まもなく来るべき開戦の時に備えて、あちらはあちらで準備に余念がないだろう。  まあしかし。  ああ退屈だ。何度あくびを噛み殺しても、おまえの眠気と退屈がまぎれることはない。やるなら、やろう。何日ここで待たせるつもりだ。  布と材木を最低限の労力で組み上げ、奴隷兵用に急造された粗末な砂上の日除けの下で。造営されて間もないはずのこの仮の待機所は、しかし、もうすでに尿と汗と腐った獣脂の臭気で満ち満ちている。だがそれはもう、終わりなき闘いの中で生き延びてきたおまえにとっては、嫌と言うほど慣れ親しんだ我が家のようなものだろう。  腐りはじめた戦地の空気の最も底で、おまえはひとつ唾を吐く。おまえの吐いたその唾は、いっさい水気を含まぬ砂塵の上で、白くいびつな醜い塊としてしばらく形をとどめていたが―― まもなくおまえは、足になじんだ履き古しのエディガ(=獣皮で作ったサンダル様の軽軍靴)の底で、その塊を無言のうちに踏み消した。
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