Dance in the Light (ダンス・イン・ザ・ライト)

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8.  『何よりまずも、古(いにしえ)からの戦場の正規に則りて、双方の勇士と勇士によるべし単兵戦を提案いたしたく――』   無駄に古風でまわりくどい帝国側からの宣戦布告文には、そのような文句が連ねてあった。  なるほどそうきたか、と。イヲルの大門内に急造された岩場の陣所の中央で、苦い微笑が自然に漏れた。あなたは無論、予想はしていた。  両軍の勇士による一対一の直接対決。古くより、正規の戦の前哨戦として、儀礼的に執り行われる決闘だ。決闘の結果がどちらの勝利に傾こうとも、どちらかが死ぬか降参を認めるそのときまでは、両軍含めた第二者や第三者は、けっして手出しすることが許されない。  古代の、遠いありし日々には、両軍の損失と甚大な戦禍を回避するため、一対一の対決によって両国の係争に決着をつけるという実質的な合理的意味を持っていたときく。しかしもちろん昨今では、帝国はじめ、各地の軍はそのような形ばかりの儀礼は無視して戦を執り行っている。  奇襲。宣戦なしの謀略戦。勝利のためには手段をいっさい選ばぬ狡猾なヴンドゥア帝国が、今度に限って、そのような古風な正規の宣戦状を送りつけてきた。そのこと自体に、あなたを取りまく従戦参謀たちの間で小さなどよめきが最初に起こった。  しかし。あなたにとってはそれほど意外でも何でもない。 ――やはり帝国は狡猾だ。  あなたは心の中で舌を打つ。  なぜなら。やつらは、知り尽くしているからだ。アデルデ渓谷のあなたの民の純朴な、戦時における行動規範のすべてを、何から何まで。  アデルデの民は、拒まない。挑まれた決闘は、当然、それは、受諾する。そして二国の正規軍がまともにぶつかる宣戦状を伴う正式な戦争においては――  千年つづく小王国の誇りと法規に則って―― 前哨戦の単兵決闘に臨む勇士は―― 王国を統べる最高の武人。最高の武将が、その場に臨んで命を懸ける。その伝統は、今でもけっして死んではいない。  そしてその将とは。多くの場合、王を意味する。そして今ここでは、仮の王をつとめるあなたのことだ。  つまり敵側の意図は明らか。本格的な開戦に先立って、最高指揮者であるあなたを最初の時点で労力をかけずに潰したい。アデルデ守備兵の士気を序盤で大きく突き崩し、混乱に乗じて圧倒することを狙うのだ。そこでもし仮に帝国側の勇士が敗れる場合でも。そこで死ぬのは、ただひとりの帝国歩兵に過ぎないだろう。こちらは負ければ王を失うというのに。帝国にとれば、何とも割の良い取引ではないか。  古来からの戦争法に愚直なまでに忠実な、アデルデの民たちの素朴な気風を、最初にうまく突いてきたわけだ。あなたの側は、敵から受けた公式な挑戦状を、けっして無視することはない。  無視できない。民が。兵らが。そのような弱気は認めない。嘘や謀略や裏切りを、何よりも嫌う武骨な気風だ。だが。そのような真っ直ぐすぎる高度な軍規が、ときには戦場ではあなたの側に牙をむく。  
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