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軽く地面を蹴って、滑らかにスクーターを発進させた遠藤 誠は、腰のあたりに下げたカバンを探った。
ひょいと手紙の束を取り出すと、電柱の脇に止まって宛名を確かめた。
電柱には「帳塚3丁目」と緑字に白抜きで書かれ、東京電力のマークも目に入った。
毎日同じところを回っているから、確認しなくても分かるのだが、つい見てしまう。
普段はあまり意識しない賃貸アパートが、近所にも意外と多くて、規則正しく縦書きや横書きで表札が並ぶ。
古臭いアパートの縦書き表札を見ながらポストに手紙を差し込んでいくと、一通の封筒を見て凍りついた。
「何だこれ、何の冗談だよ」
思わず大きな声を出してしまった。
宛名は「伝説の英雄 アレクシス・ブレイブハート様」とあった。
何度も読み返して、目を瞬いた。
配達をしていると、すぐに家と苗字が頭に入る。
記憶力に自信がなくても、家の特徴から人の営みを感じると頭にイメージが形作られる。
そして、手紙の体裁や頻度、差出人などから中身を大まかに予想できた。
ある時は、あからさまなラブレターを手に取り、温もりを感じた。
あらゆる可能性を頭をフル回転させて模索した。
アルバイトとはいえ、今まで一度も配達を諦めたことはない。
名前さえ書いてあれば、住所がなくても届けられる自負はあった。
アレクシス・ブレイブハート、実在の人物なのだろうか。
伝説の英雄とは、何を意味するのだろう。
考えを巡らせ続けるうちに、頭に熱を帯びてきた。
呼吸が早くなり、心臓が波打つパルスを全身に走らせ、皮膚を膨張させる。
軽いめまいを感じて、バイクにもたれたとき身体がすっぽ抜けて落ちていく感覚に襲われる。
脂汗が額から頬へと伝い、一滴落ちていった。
ストンと何かに腰かける感覚と共に、暗い世界へと意識が消えていき、手紙を胸にギュッと抱きしめたままどこかへ落ちていくのだった。
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