第4話 とりあえず捕まってみようか

2/2

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ
 カーマイン市は惑星クリムゾンレーキの首府である。  だが郊外惑星の首府というものは、「中央(セントラル)」の惑星の郊外都市ほどの規模はない。  生活水準は辺境の開発惑星に比べれば高いが、中央の都市部に比べれば格段に低い。故に軍備もそれに比例する。  ところがこの町には妙に軍人の数が多かった。  彼は肩と襟から軍警の印である黒星を外して歩いていた。それが無ければ彼はただの佐官としてしか見られることはない。  軍服が同じであることは好都合である。カーマインの中心部を堂々と歩いていたとしても、地元軍に紛れ込むことすら可能だ。  もっとも現実的問題として、に彼が人々の間に「紛れ込む」のはまず無理だった。  彼の特異な容姿は、否が応でも人々の目を引く。彼自身もそれを充分すぎる程よく判っていた。普段はそれを利用してもいるくらいなのだから。  そして、ここでもそれは利用すべきものだった。  カーマイン市の中心街は、奇妙に浮き立っていた。  建物の壁のあちこちに、走り書きのような字体の宣伝(アジテート)ポスターが貼られ、モニターからはひっきりなしに毒々しげな映像が繰り返し流されている。ろくでもない音楽が、語呂合わせにもなっていないコトバを乗せて流れている。  またか、と彼はつぶやいた。十二年前と同じだった。  この惑星の人間は、学習能力がないのか。  彼は立ち止まり、ポスターを見上げながら思う。言葉の調子も全然変わっていない。  ふと彼は背中に視線を感じた。そろそろだな、と彼は思う。遠巻きに、自分が見られているのを感じる。  軍の衣服は、その人物の立場を一目で識別できるように作られている。  彼が軍警の印を外したとはいえ、佐官であることは多少なりとも軍に関係している者なら、一目で判るものだった。  ―――こんな佐官は居ただろうか。  そんな疑問をはらんだ視線を感じる。いい傾向だった。  例えば、10人で管制塔を攻め落とすのなら。その時はその時の方法がある。  だが一人となると話は別だ。外側から力任せに攻め落とすという訳にはいかない。  視線の数が増えてきた。  そう感じた時、彼はいきなりポスターに手をかけ、大きく斜めにそれを破りとった。  周囲の兵士が飛び出してくる。  彼はゆっくりと振り向く。  傾けていた帽子をかぶり直すふりをする拍子に、彼はその金色の目でぎろり、と取り囲む兵士を睨む。  険悪な雰囲気が辺りに広がる。彼はにやり、と笑う。一触即発の空気が広がる。  壁を背に、彼は人数を確認する。  三十人は居る。  よくこれだけの人数が隠れていたな、と思った。  彼はポケットに手を突っ込んだ。一瞬周囲は、何をやらかすつもりだ、とざわりとうごめく。  シガレットとライターが取り出される。平気な顔で中佐は一本口にくわえると、両の眉を大きく上げ、破れたポスターに向かって煙を吐き出す。  密度を増した険悪な雰囲気の中から、一人の佐官が進み出た。肩と襟には、彼と同じだけの星が付けられている。 「中佐」  はん? と彼は呼ばれた方角に顔を向ける。 「今、貴官はポスターを破っていたようだが」 「如何にも」 「何故そんなことをする?」 「下手だからさ」  彼はあっさりと言う。 「上手下手の問題ではなかろう、中佐。これは我々の主義主張の書かれたものだ。それを平気で破ることができる貴官の神経が判らん」  真面目なことで、と彼は内心つぶやく。 「だが酷いモノは酷い。色もレイアウトも字体も全くなってない。せっかくのお題目が泣くぜ」  くくく、と彼は笑う。明らかに質問者は気分を害したようだった。 「失礼だが貴官の所属は?」 「聞かれる前に名乗るのが礼儀じゃねえ?」  そう言われれば、ここの地元軍の連中は名乗る。妙なところで礼儀正しいここの風潮を彼は知っていた。変わっていなければ、の話だが。   何となく彼には、この男には見覚えがあるような気がするのだ。 「私はコーラル中佐だ。そう言って判らないのなら―――」  彼は黙って軽く目を細め、煙草をふかす。 「貴官を逮捕せねばなるまい」  ざっ、とそこに居た兵士が、すっと挙げられたコーラル中佐の手の動きに応じて動き出した。容赦はなかった。彼は彼で、一応反撃の真似をしてみせる。  だが一般的に、三十対一で勝てる訳はないことになっている。  彼はあっさりと意識を手放した。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加