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は?
彼は耳を疑った。何を言われているのかすぐには理解できなかった。
黒星は軍警だ。彼の知識がめまぐるしく回転する。では俺は。
彼は事態をその瞬間、正しく理解した。
「何故だ!」
叫んでいた。
「皆が揃って証言した。今回の騒乱の最初の首謀者は貴官だと」
軍警の士官は、淡々と理由を告げた。それは、内部事情を知っていても黙殺する口調だった。
「残念だよ***」
コーラルは乾いた声で言った。
彼は全身の血が一気に足元に落ちていくような気がした。
これは罠だ。
そして一度下がった血が、急激に脳天にまで上がっていくのを感じた。俺は、はめられたのだ。
立ちすくんでいた彼を正気に戻したのは、頭の横をかすめるパイだった。
軍警の士官の顔にそれは命中する。黄金色のペーストが勢いよく弾けると同時に、母親の声が響いた。
「逃げなさい***!」
彼は母の声に、弾かれたように裏口へ向かっていた。
父親もまた、食卓にあったものを手当たり次第に彼らに投げつけていた。やめろ、とコーラルは叫んだ。
「急ぐんだ***!」
父親も叫ぶ。彼は裏口をちら、と見た。戸口には兵士がへばりついている。窓を開け、そこからひらり、と身を踊らせた。足にずん、と衝撃が響くが、構ってはいられない。彼は駆け出した。
裏口に居た兵士達は、屋根のない軍用車に乗って彼を追い出した。追いつかれるのは時間の問題だった。だが彼は走った。何故だか判らないが走った。
と。
遠くで、銃声が聞こえた。彼は思わず足を止めた。今さっき飛び出してきた家の方向だ。まさか。
ぞわり、と全身を悪寒が包んだ。考えられないことではない。
軍用車のライトが迫る。思わず飛び上がっていた。
車のボンネットに飛びつき、立ち上がっている兵士に飛びつき、ふるい落とした。そんなことするのは…訓練ではあったが、初めてだった。自分が実際にそんなことできると、彼は考えてもみなかった。
だが彼はこの時、そうせずにはいられなかった。運転席でしっかりハンドルを握っている兵士を、その場から蹴り倒して、外へ放り出した。そして明後日の方向へ行きかかった車を何とか体勢を立て直した。
彼は元来た方向へと、車を走らせた。
無茶苦茶だ、と彼はつぶやく。ほんの三十分前までは、ごくごく平和な夕食の時間だったはずだった。なのに。明るく、暖かく…
―――家は確かに明るく暖かかった。暖かいを通り越して――― 熱かった。
火の手が上がっていた。
彼は自分の目が信じられなかった。車を止めて、呆然と、そのひどく明るい光景を見ていた。目が離せなかった。
一体何が起こったっていうんだ?
俺が一体何をしたっていうんだ?
どのくらいそうしていただろう? 彼は首筋にちくり、という痛みを感じ――― 意識を失った。
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