第11話 代わりに出たのは、笑いだった。

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 あの時。  起きろ、と誰かが言っていた。  いや、言ったというのは正確には違う。それは頭の中に直接聞こえてきた。  誰だ、と彼は考えた。  言おうとしても、声が出なかった。  その相手を探そうにも、何も見えなかった。何も聞こえなかった。  その「声」以外、何も感じられなかった。  だが、考えた。伝えてくる誰かに返したかった。  誰だ。 「私の声が聞こえるな? KZ152」  何だそれは。 「それが今のお前の身体につけられたナンバーだ。私はお前の名など知らない。知る気もない。何故ならお前は既にこの帝国では死んでいるのだから」  死んでいるのか俺は。 「正確には、身体は死んではいない。だがこのままでは死ぬ。確実にお前は死ぬのだ」  声は穏やかだった。だが話す内容は決して穏やかではない。  それが容赦なく続けられる。 「お前は確実に死ぬのだ。銃弾を全身に受け、火炎を浴び、既に身体の機能はほぼ停止している」  ああそうだった。  彼は思い出す。  全身を火がくるんだ。  ひどい熱。ひどい痛み。軍服を通して、全身に火が広がった。  その場に転がった。  銃弾が全身に刺さった。弾けた。  胸に。腹に。腰に。足に。手に。首に。顔に。 「だがなKZ152。あいにく私はお前を死なすのは惜しいんだよ」  何。 「お前は何故戻ってきた? 逃げることはお前なら可能だったろう?」  可能だったかもしれない。 「では何故だ」  判らない。  だが彼らもまた俺同様、スケープゴートにされたんだ。だから見捨てておけなかったのかもしれない。 「なるほど。それは優しいことだ。だがそれは甘いな」  何。 「結局は誰一人として助からなかったではないか。そういうのを無謀というのだ」  彼は返す言葉が見つからなかった。  正しかった。 「そしてお前とて基本的には死んでいるのだ。今のお前は生きてはいない。死んではいないというだけだ。そして私が一言言えば、お前は今この瞬間に、完全に、死ぬのだ」  だが人間はそういうものではないのか。  彼は懸命に反論を試みる。  自分が泳げなくとも、溺れている人間を見たら、水に飛び込んでしまうのではないか?  相手の気配に嘲笑のようなものを彼は感じる。 「自分の出来なかったことを全体に置き換えて正当化するな」  声は、彼の中に強く突き刺さった。 「それが一体何になる?」  そうだ、と彼は思った。  結局俺は、何にも出来なかったじゃないか。そして自分一人救えずにいる。奴らの計略にはまった俺の甘さのせいで。彼ら一人も救えなかった俺の脆弱さのせいで。 「だがまあ、そう自分を責めることもなかろう。確かにお前は分が悪かった。お前でなくとも、お前程度の人の良さを持っていれば、騙されもするさ。―――ところで、生きたいか? KZ152」  え?  彼は問い返す。その質問は唐突だった。 「これから先、何としても生きたいか、と言うのだ」  当たり前だ。 「だったら私はお前を生かしてやってもいい。ただし、今までのお前ではなく、別のお前として」  どういう意味だ? 「『MM』を知っているか?」  聞いたことはある。反帝組織のか? 「そうだ」  それがどうした。 「私は、私盟主のMだ。もしもお前が、私の銃となるのなら、お前を再び生の世界へ舞い戻らせてやろう。今までのお前ではなく、全くの別人として」  瞬時にその言葉は、相反する二つの感情を呼び起こす。  何も知覚できない状態は、相反する感情に答を出すのも素早かった。  確かにそれを拒否する考えも、無くは無かった。育ってきた場所の常識や、帝国への忠誠、軍人としての規範、そういった「守っていれば安全」なものだった。  彼の思うところの「安全」は、ひどく抽象的だった。  それは自分自身の精神の安定から、経済的な安定、そして人間関係の安定まで多岐に渡っていた。  「それが無くては生きられない」と、それまで彼が思い、守ってきたものだった。  だが、それは一瞬のうちに雲散した。  彼は自分に問いかける。  そんなものが何になる?  彼は自分の中に、そんな後で植え付けられたモラルや善意や道徳よりも強いものがあることに気付いていた。  俺は生きたい。何をしてでも、生きたいんだ。  それを、強く考えた。 「よし」  Mと名乗る「MM」の盟主はその時、満足気にうなづいた――― ような気が彼には思われた。 「ではお前。私の新しい銃には、新しい身体と新しい名と新しい立場を与えよう。何か好みはあるか?外見くらいならその望みをかなえてやろう」  彼は戸惑った。突然話が奇妙に現実的になったのだ。  新しい身体?  ふっ、と彼の中で、その時よぎるものがあった。  赤に。 「赤?」  前の俺は、死んだんだ。血に染まり、火にくるまれ――― 「なるほど」  くっ、と笑う気配がする。 「ではお前の一番目立つ部分に、強烈に赤を使ってやろう。血の赤だ。そして今度は自分以外の血でそれを更に染めるがいい」
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