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「ところであのひとは、何か言っていたか?」
連絡員は軽く答える。
「Mが? 別に何も」
組織の盟主の名を中佐は口にする。キムは普段はその最側近らしい。
彼の権限そのものは他の幹部よりは小さい。ただ盟主から下った命令を彼ら幹部に直接伝えるのが彼だった。例え幹部達が何処に居ようとも。
「そうか」
「それじゃ、俺帰るわ」
用は済んだ、とばかりにキムは立ち上がりかけた。
その身体が止まる。中佐の手が彼の手首を強く掴んでいた。
「何だよ」
「俺は帰っていいなんて言ってない」
「それは俺の勝手でしょ。俺にだって都合というものがあるものね」
ほお、と両の眉を大きく吊り上げ、中佐は不安定な恰好のキムをぐっと引っ張った。
軽く引っ張っただけなのに、彼はたやすくバランスを崩し、中佐の座っていた大きなカウチの上に転がった。
「何だよいきなり! 本気出して引っ張る奴がいるかよ!」
「ああ言ってなかったか」
「何を」
「ここのアパルトマンの連中には、お前は俺の愛人だと言ってあるからな」
げっ、とキムは反射的に口にした。それまでの読めない明るい笑いと違って、本気で当惑している表情になる。
中佐は再び煙草をひねりつぶした。
彼はこの連絡員がその表情を崩すのが好きだった。
おそらく「惑星一つを破壊せよ」と言われても、陽気な笑いを崩さないと思われるこの男が、こういったことをすると、あからさまに調子を崩すのが。
「軍警中佐の愛人が遠路はるばるやってきて、用件だけ告げてさっさと帰るってのは結構不審がられると思うけどなあ」
くくく、と本当に楽しそうに笑いながら中佐は言葉を重ねる。う、とキムは言葉に詰まる。
確かにそれは一理あった。軍人はまとまった休暇が少ない職業ではあるのだ。
しかも近年は「反帝国組織「MM」のせいで、不定期的に厄介な事件が多発しているため、何処よりも忙しい軍警の士官など。
「軍警の中佐としては、結構ここのアパルトマンは都合のいい所なんでなあ」
気怠げに言いながらも、手は早かった。
引きずり込んだおかげで下になっていた体勢を、中佐はあっという間に逆転させていた。栗色の長い髪が、さらりとカウチの下に滑り落ちた。中佐は背もたれを蹴飛ばし、簡単にそれを倒してしまう。
キムは苦い顔をしながらも、拒否はしない。彼もまた嫌いではないのだ。行為も、相手も。
「栄えある帝国の軍人に男の愛人が居るなんていうのはいいのかよ」
「いいんだろ。帝国の軍人なんだし」
妙にその言いぐさには説得力があった。
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