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雨上がり
咲は毎日きちんと食事を貰い、お風呂に入り、洗濯した服を着せてもらい、自分で苦労して食べ物を探したりしなくて良いという環境にようやく慣れてきた。
段々と、職員には懐いて、嫌なことがあると涙を流すこともあった。
ようやく心の中から外への雨が降り始めたのだ。
職員に執拗に甘えたり、毒づいてみたり、言う事を聞かなかったりと、一通りの我儘を言えるようになった咲はいつの間にか落ち着いた小学3年生になっていた。
その頃、身寄りがなかったと思っていた、父方の叔母が先の行方を捜して児童養護施設にやってきた。
「どうしても引き取りたい。子供もいるけれど、一緒にちゃんと育てます。」
亡くなった父の妹は、家が貧しかったため、咲と同じように児童養護施設で育った人だった。
何回かのお試しのお泊りが行われた。
咲は『おばさん』という人の家が好きになって行った。
その家には児童養護施設の子供達と同じような賑やかな男の子が2人いた。小学校の5年生と6年生の年子で、小学校3年生なのに、随分小さい咲の事を良くかわいがって遊んでくれた。
とはいえ、男の子ふたりの兄弟でしか遊んだことがないので結構荒っぽくはあったのだが、それが意地悪なのではなく、精一杯のやさしさなのだと言う事を咲は敏感に感じ取った。
おばさんの作るお料理は児童養護施設の物よりもいつも温かくて美味しかった。お風呂にはおばさんと一緒に入って、初めて優しく体を洗って貰った。
咲には見慣れない、男の大人の人。おじさん。もいた。
おじさんは、自分の妻と同じ境遇になっている咲を引き取る事には何のためらいも見せず、『もし、このお家に来るんだったら、咲のお部屋を用意してあげるよ。』と、優しく言ってくれた。
男の子二人も、『俺たちは同じ部屋でいいから。咲ちゃんに子供部屋を一つ上げるよ。だって、女の子は部屋が別の方がいいでしょ?』とお兄ちゃんたちらしい事を言ってくれるのだった。
咲は自分から
「おばさんのおうちに行きたい。」
と、口にするようになっていた。
児童養護施設でも、断るような理由もなく、咲の良い養育者になってくれるだろうと判断され、咲はおばさんの家に行くことになった。
咲はおばさんのいえに養子に出されることになった。
正式な手続きを踏み、叔母さんの家の娘になった。
引っ越しの日はあいにくの雨降りだったけれど、咲の心の中の雨はすっかり止んで、晴れ晴れとしていた。
約束通り、おばさんの家に行くと咲の部屋が用意されていた。
二階にある3室のうち一つはおじさんと叔母さんの寝室。もう一つの一番広い部屋にお兄ちゃんたち二人の部屋。一番狭いけれど、一番日当たりの良い部屋に咲のお部屋。
部屋には初めての咲だけの勉強机とベッドがすっかり準備されて置いてあった。
咲の着替えも、新しいものが用意され、ハンガーにかけてあった。
折しも、部屋に入った時にちょうど振っていた雨が上がり、引っ越しの為にあけ放ってあった窓から、近くの山にかかる虹が見えた。
初めて本物の虹を見たので、咲は大急ぎで新しい家族を呼んで部屋に来てもらった。
咲が自分の部屋にみんなを入れてくれたので、家族になったみんなも少しほっとしながら、久しぶりに見る虹をみんなで眺めた。
「あのね、これからも虹が出たら一緒に見てくれると嬉しいな。」
「虹が出たら呼びに来てくれればいつでも来るよ。咲が部屋に入ってもいいって思う時だけね。この部屋はお日様が良く当たる向きにあるから、咲が一番先に虹を見付けることができるよ。」
咲の心の中の雨はやみ、心の中にもまた虹がかかるような清々しい気持ちだった。
みんなで見ているうちに、虹はすぐに消えてしまった。
とても良いお天気になったからだ。
でも、みんなで見ることができた虹はこれからいつでも咲の心にかかっている。
新しいお母さんが作ってくれたお昼ご飯を食べに、みんなで一階のキッチンへ降りていきながら、わくわくしながら新しい生活を夢見るのだった。
【了】
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