6. 事件解決後の事件

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6. 事件解決後の事件

 次のパーティー会場となるブルワーニュ領はロザリオ領の南西にあり、王領に隣接している。  グレースとジブリールは六日程休憩を挟みながら馬車に揺られてブルワーニュ公爵家まで向かう。各領地の城塞都市まで近づけば道は舗装されているが、移動距離の内ほとんどが悪路のため、到着する頃にはもう帰りたいくらいへとへとだった。  ブルワーニュの屋敷では遠方の貴族の為に宿泊用の客室が用意された。案内された部屋は兄妹で隣り合った部屋だったが、ジブリールの部屋の内装が極端に華美だった。グレースとジブリールはその部屋を見て立ちすくみ、誰かさんからジブリールへの愛情を感じて身震いがした。  「ご機嫌よう、ジブリール様」  身震いの原因が、いつの間にか二人の背後にいた。  ジブリールは作り笑顔を完璧に仕上げてから、軽やかに振り返った。思った通りゴテゴテに着飾ったトリシアが頬を染め、目を潤ませて立っていた。  「これは、トリシア嬢、わざわざお部屋まで来ていただき光栄です」    ジブリールは挨拶の為にトリシアの手を取り、儀礼的なキスをその手の甲にした。あくまで儀礼的なのだが、トリシアはもう一方の手の甲を口元にあてて軽くのけ反り、大興奮だった。  「ジブリール様……これはもう責任を取って私と結婚して頂かなくては……」  「は?」  トリシアは上目遣いでジブリールに近寄り、がっつりと彼の腕を掴む。先ほどまで潤んでいたはずの目は、今はもう鷹が獲物を捕まえるかのような目に変わっている。    「ご案内したい場所がございますので、さあこちらへ」  ジブリールはグレースに助けを求める目を向けたが、グレースにはその目が高圧的に感じて気に食わなかったので、笑顔で手を振り、グイグイと引っ張られるように連れて行かれるジブリールを見送った。  グレースは自分の部屋へ入っていくと、部屋の奥にある窓まで近づき、街がある方向を眺めた。  「さあ、私もビリーが到着する前に支度しないと」  今回はビリーはグレースを送迎出来る距離ではなかったので、現地集合となる。彼は身分が低い設定なので屋敷には一人で入ってこれない。なので街で待ち合わせして、そこからグレースが自分の情人として連れて屋敷に入るのだ。  彼の性格を考えると待たせたら面倒くさそうなので、グレースは出来る限り急いで待ち合わせ場所に向かう。  馬車に乗り、屋敷の門を潜り抜けるとすぐに街中に出る。キングスウッドの各領地の領主が住む場所は城塞都市の造りが多く、ブルワーニュ公爵が暮らす場所も屋敷の周りに街並みが広がり、それを丸ごと城壁で囲っている。  広場に着くとグレースは馬車を降りてビリーを探す。広場では市場が開かれていたようだが、暗くなる前に皆店じまいを始め片していた。    (ちょっと市場も見てみたかったなあ)  そんなことを考えながら、広場を行き交う人々の中から、たった一人のビリーを見つけるために、グレースは絶えず周りを見回していると、グレースの肩にポンと手が置かれる。  振り返るとビリーが立っていたが、それは馴染みの姿ではなく、前髪を斜めに流し、髪の長さは腰近くまで伸びて片側に緩く結んだ、目つきも柔らかい優男だった。  「誰!? てかそれウィッグ? その目つきはどうした!?」  ビリーは質問には答えず、グレースを見て穏やかに笑う。  「さあ、行こうグレース」  馬車の中でグレースは横に座るビリーを、穴があくほど見つめた。ビリーはその視線に対して、演技力を見せつけるが如く、首を傾げながら情人らしい媚びた目つきを作ってみせた。  「凄い……演技力……」  「ありがとう」  グレースはビリーを見ながら思う。目つきも物腰も柔らかいビリーは、どことなくフランソワ王太子に似ている気もする。一瞬浮かんだ考えにグレースはすぐに首を振った。これはビリーだ。そんな考えはフランソワ様に失礼だと、首を振ることで遠くに飛ばす。  ここ最近ビリーに変な気持ちを抱きかけ、この目と脳みそまでもが憧れのフランソワ様への感情とビリーをごちゃ混ぜにしようとしてきている。  脳みそに現実を叩き込むべく、「これはビリー」とブツブツ念仏のようにグレースは唱え出した。  「うん、まあ、私はビリーだねぇ」  ビリーは苦笑しながらグレースの念仏に答えてあげた。  パーティー会場にビリーを伴って入ると、随分と待ちわびていた様子でセニが近づいてきて、グレースの横にそっと立つ。そして目を合わさずに、周りに気が付かれない高さで手のひらを見せてきて、そこには部屋の場所が書かれていた。  セニはグレースが確認したのを感じると、やはり目は合わせずに先に会場を後にした。  周りの目もあるので、すぐに付いて行かずに少し間をあけてから指定の部屋に向かう。グレースが部屋の扉をノックすると、中からヒールの足音が扉に向かってくる音が聞こえ、ドアノブが回り扉が少し開くと、セニがその隙間から廊下の人物を確認してから、二段階に分けて扉を開けた。  「お待ちしておりました。さあ、どうぞ」  部屋に通されると、屈強そうな男が扉の近くに立っており、男はセニにお辞儀をしてからグレース達と入れ替わるように部屋の外に出て行く。  「私の護衛です。たまにハイになった方に犯されそうになったりするので、取引の際は外で待機させています。もちろんそれ以外の事でも助けに来るので、お二方も変な気は起こさないでくださいね」  グレースはそれを聞いて、セニとの最初の出会いを思い出した。  「そういえば、以前ドレスが破れた状態で泣かれていましたね」  セニはふっと笑う。  「ええ、そんなこともありましたね。あれもそうです。取引中に服を破かれ、護衛に後を任せて避難していたんです」  「セニ様は怖かったはずです。なぜ売買をその後も続けるのですか?」  「変な質問をしますね。グレース様は薬が欲しいのではないのですか?」  グレースは聞きすぎたかと焦る。だが、セニは微笑んだ。  「とりあえず、取引を。ここまできたら引き返したり裏切るのは無しですよ」  セニは釘を刺し、鋭い目でグレースを見ながら二人にソファに座るよう促す。
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