6. 事件解決後の事件

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 グレースとビリーは黙ってソファに腰を下ろすと、セニが向かい合うソファに座る。グレースは腰につけているドレスの装飾のようなポケットから金貨を三枚出してテーブルの上に置いた。その額にセニは目を輝かせて喜んだ。  「まあ! 貿易で使うような金貨じゃないですか。随分奮発してくださるのですね! これはサービスしなくてはいけませんね」  金貨自体が大きな商業取引でしか使用されない高価な通貨だが、グレースが出した金貨は事前にビリーから渡されていたもので、貴族のグレースも初めて見るような大ぶりの金貨であった。そのサイズと質感だけでも、1枚の価値がとても高価であろう事が伺えた。  セニは立ち上がり、扉を開けて先ほどの護衛を呼び、何かを受け取る。おそらく捕まった時セニだけでも逃げ切るために、危ない物は極力すべて護衛に持たせているのだろう。  セニはテーブルの上に小さな袋、耳かきのようなスプーン、そして煙管とマッチを置いた。  「使い方は……」  セニが説明しようとすると、ビリーが手慣れた様子で袋から適量の粉を取り出して煙管の先に入れ、火をつけて、足を組みながら堂々と吸う。  「グレース様の情人は随分と遊び慣れた方ですこと……」  「セニ様、私も取引があるのですが……」  「取引?」  グレースとビリーは立ち上がり、セニの座るソファまで移動して二人でセニを挟んでドカッと座る。そして、がっしりと彼女の肩に手を回して逃げられないようにホールドした。  咄嗟にセニは声を上げようとしたが、すかさずビリーが小瓶に入った虹色に輝く液体を見せる。グレースはその小瓶が何だかわからない。だが、セニはすぐにそれが何か気がついたようで、口を開けたまま固まった。  「やっぱり君はこれが何かわかるね。さすが魔石の薬の売人をやってるだけある。特別な製法で精製して作った薬物だ。魔石の粉なんかよりも何倍も強い。つまり、副作用もハンパない」  セニは冷や汗をかきながらビリーを見る。  「なんで貴方が、そんな幻のような薬を持ってるの?」  ビリーの口元は笑っているが、目は全く笑っていない。  「使ったらどうなるか、わかるね」  グレースはビリーが想定外の物を持ち込んでおり、二人のやり取りがよくわからなかった。  「ねえ、私はセニに渡された薬を使って脅して吐かせようって言っただけだけど、それ凄いの?」  ビリーの顔が優男から目つきの悪いビリーに戻っていた。グレースはその薬がどれだけ凄い物かはわからないが、ビリーの事は信頼できたので大船に乗ったつもりで進めることにした。  「とりあえず予定通りってことでいいのね」  ビリーとグレースが目でお互いの意思確認を取ると、二人でセニを脅すように睨みつけた。そしてビリーが重く低い気迫溢れる声を出す。  「さあ、全部吐けや」    グレースも気迫は負けない。  「ブルワーニュ家の侍女を殺した犯人はお前なんだよな? 誤魔化そうもんなら血反吐吐くまで追い詰めてやるから覚悟しろよ」  売人と言えど良家の令嬢のセニが、こんなにガラの悪い二人に詰め寄られる事は未だかつてなかったので、尋常じゃない程ガタガタ震えている。  「いっ……言ったところで、どうせ殺すんでしょ?」  「殺さねーよ」   「う……嘘よ!!」  「お前うるせーな! このままこんな会話続けるならマジで殺すぞ」  ビリーが小瓶のキャップを親指ではね開け、セニの顔に近づけようとすると彼女は大慌てで答えた。  「言うわ、言う! あの侍女を殺したのは私の護衛よ!」   「まぁた、そんな事言って逃れようとしてぇ……」  グレースは笑いながら話していたトーンを急に下げてガンを飛ばす。  「大概にせぇや、コラ」  セニは首をぶんぶん振りながら答える。  「本当よぉ……殺したのは護衛なの。そうね、でも、指示を出したのは……はい、私ですっ!!」  その言葉を聞いてビリーは小瓶をテーブルに置き、指をパチンと鳴らす。それを合図にバルコニーから近衛兵が一斉に突入してきた。  「なっ……何?」  セニがあたふたしている間に近衛兵はセニを捕まえた。部屋の扉も開くと、バルトラ中将がセニの護衛を捕まえて部屋に入り、近衛兵に投げるように引き渡す。  ビリーはセニに向かって言う。  「お前の証言、ここにいる全員が聞いた。残りはゆっくり取り調べで吐け」  近衛兵達がセニと護衛を連れて行き、薬物売買の証拠も全て押収して部屋を出て行った。  「ビリー様、やり方がちょっとえげつないですよ……」  バルトラ中将が苦笑いしている。  「発案者はコイツだ」  ビリーはグレースを指差した。  「え゛。そうだけど、セニを震え上がらせたあのよくわからない液体の事は知らないわよ」   バルトラ中将はテーブルに置かれた小瓶を回収しながら説明してくれる。  「これは本当に危ないです。死んだ方がマシな位に、正常な判断は出来なくなり、醜態を晒します。そして臓器を徐々に蝕んでいくので、長く苦しみながら死に向かうんです」   「もうそれ麻薬じゃなくて毒薬じゃん」  グレースの言葉にバルトラ中将は微笑む。    「一応、醜態を晒している時に極端な高揚感は味わえるんで、究極のジャンキーは欲しがりますよ」  ビリーが耳につけたイヤーカフに手を当てながら目を瞑っている。するとビリーの髪の周りに光が集まり出して、長かった髪が短くなっていき、いつものダークブロンド色に戻った。  「凄い、何それ」   「これこそ魔石で出来たまともなアクセサリーだ。髪型しか変えられないが」   「どこで買えるの?」   「買えない」   「なんでビリーは持ってるのよ!」  ビリーは鼻でフッと笑うだけだった。  「じゃあ、俺はこの後色々と忙しいから。お前はパーティー楽しんでけ」  ビリーはバルトラ中将を引き連れて部屋を出て行こうとしたが、扉を出る際グレースに向き直した。  「今回はグレース嬢のご協力に感謝致します。次回(・・)も引き続きよろしくお願い致します」  ビリーはグレースに敬礼をして部屋を出て行った。  グレースは唖然としていたが、我に返り慌てて廊下に飛び出してビリーの背中に向かって叫ぶ。  「次回なんかねーよっ!!」  グレースの声がビリーに届いているかわからない。いや届いてるに決まってるが、聞いちゃいないだろう。    
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