81人が本棚に入れています
本棚に追加
グレースはくたくたでパーティーに戻る気なんてしなかった。そもそも王太子への恋が終わった時点で貴族のパーティーに参加する意味はもう無くなっていた。
部屋に戻ってからしばらく時間が過ぎた頃、扉をノックする音がした。
隣の部屋のジブリールがトリシアに解放されて文句でも言いにきたのだと思った。
グレースは不機嫌に扉を開ける。
「何よ」
なんとそこにはフランソワ王太子が立っていた。
(だから、何でこんな顔してる時にフランソワ様は現れるのよっ!)
グレースが動かなくなっているので、王太子から声を掛ける。
「お部屋まで来て申し訳ありません。会場に貴方の姿がなかったので……」
「……え……?」
王太子がパーティー会場で自分を探していたなんて思うと、それだけで疲れが吹き飛んだ。
「少しお時間あれば、一緒に夜風に当たりながら散歩でもいかがですか?」
そんなの勿論オッケーに決まっている。
グレースは王太子にエスコートされて夜の庭園まで向かい、たわいもない会話をしながら歩いた。まさか王太子の腕を掴みながらこんなにゆっくり歩いて会話できる日が来るなんて夢にも思わなかった。
「グレース嬢、この度は近衛師団の追っていた事件を解決してくださりありがとうございました」
「あ、いえ、そんな……」
グレースは緊張して王太子の顔がまともに見れない。
「寒くはないですか?」
「いえ、むしろ熱……暑いです」
「え? 暑い?」
たまに吹く秋風はだいぶ冷たかった。
「疲れていませんか? あのベンチで少し座りましょうか?」
そう言って王太子はグレースをベンチに座らせると、自分のコートをグレースの肩にかけてから彼女の隣に座る。
まだ王太子の温もりがあるコートが、グレースの心拍数を上げていく。甘く香る匂いは流行りの香水だろうか。
グレースは常に気遣ってくれる王太子に、これが前世で何度も絵本を読んで恋焦がれたザ・プリンスなのだと感動してやまなかった。
隣に座る王太子の横顔をチラと見ては、恥ずかしくなってすぐに前を向くを繰り返している。
「グレース嬢、ひとつ伺ってもいいですか?」
「はい、もちろんですっ」
「ビリーの事はどう思っていますか?」
「え?」
グレースはビリーの事を聞かれるとは思わなかった。王太子に聞かれてビリーを思い浮かべると、憎たらしい顔がぽんぽんと浮かんできては消える……だが、彼の事を考えていたら思わずクスッと笑ってしまった。
「え?」
その笑いに王太子は反応する。
「あ、いえ、ビリー様は本当個性的な方で……正直な気持ち、一緒にいて凄く居心地が良い相手です。飾らない素の自分でいられる相手というか……」
「そうですか……」
グレースは王太子の横顔を見つめた。王太子は今何を考えているのだろう? 彼を見るとやはり胸が高鳴る。
王太子に気に入られる為なら、本来ここで本心なんて言うべきではないのだが、なんだか自分が不誠実に感じた。グレースは、不器用な程に律儀に答えてしまうところがあった。
「告白しますと、私は王太子殿下をずっとお慕いしておりました。なのに、ここ最近自分の気持ちがわからなくなっています。ビリー様と出会ってから、うまく説明出来ない感情があって……とても不誠実な感情ですよね」
正直に心のうちを話すグレースに、王太子は優しい声で答えてくれる。
「本能がちゃんと相手を見つけて心に知らせているんですね」
グレースが王太子を見ると微笑んでくれていた。
二人の男性で揺れ動いているような発言をしているのに、微笑んで励ますような発言をしてくれると言う事は、やはり自分は何とも思われていないのだと悟った。
そういえばビリーが事件が解決したら王太子との時間を作ってくれると言っていた事を、今更グレースは思い出した。あの時は酔っ払っていたので、そんな話はすっかり忘れてしまっていたのだ。
(そうか、これはビリーに頼まれて、事件解決のお礼として来てくれたんだ。だからビリーの話題も出たのね)
グレースの心にズキリと痛みが走った時、王太子は突然グレースの顔に手をあててキスをしてきた。
グレースは突然すぎる出来事に思考回路がショートして、キスの感触すら感じられなかった。
王太子の唇がゆっくりと離れると、彼はそのまましばらくグレースを見つめて動かなかった。
グレースは真っ赤になって口を両手で押さえて下を向いてしまう。まともに王太子の顔なんて見れない。
王太子は立ち上がり手を差し出した。
「さあ、身体を冷やしてはいけないので、部屋に戻りましょう」
その後グレースは自分がどうやって部屋まで戻ったかなんて覚えていない。
王太子はグレースを部屋に送り届けると、最後に「おやすみ」と言ってもう一度おでこにキスをしていた。だがグレースはぼーっとして意識が飛んでいた。
王太子はグレースを部屋まで送り届けたら、パーティーには向かわず、そのまま馬車に戻った。
馬車の前では近衛兵達が待機しており、王太子を見ると一斉に敬礼をする。バルトラ中将が王太子の馬車の扉を開けて、王太子が乗り込むと、中将も続いて乗り込み扉を閉めた。
馬車が走り出すと、突然王太子は俯きながら「ふふふふふ」と、不気味に笑い出す。
「いかがなさいましたか? 殿下」
バルトラ中将が心配して顔を覗き込むと、王太子の目つきが鋭く変わっていた。いや、バルトラ中将目線で言うと、王太子の目つきが戻ったと言うべきか。
王太子は顔を上げると同時に足を組んで座り直す。それから、バルトラ中将に片手を出して催促するように手招きした。バルトラ中将は座席に置かれた豪奢な小箱からイヤーカフを取り出し、王太子の差し出した手のひらに乗せる。
王太子がそのイヤーカフを左耳につけて目を瞑ると、彼の髪の毛に光が集まり輝き出し、甘いバターブロンドの髪色が、ダークブロンドに変化していく。
王太子は長い前髪を鬱陶しそうに手でかき上げると、その顔は紛れもなくビリーだった。
「嫁が見つかったぞ」
ビリーはバルトラ中将にニヤリと笑ってみせた。
最初のコメントを投稿しよう!