7. フランソワの心の中

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 ある日、王位継承権のあるブルワーニュ家で起きた殺人及び違法薬物事件を近衛師団が担当することになった。    潜入調査の為に、フランソワとしてパーティーに足を運ぶと、色めき立った令嬢達が群がってきて鬱陶しかった。そして更に目の前ではブルワーニュ令嬢が知らないどこかの令嬢に難癖を付け始めていた。  とりあえずフランソワとしてその場に入って収めたが、やはりこんな令嬢という生き物達に気を遣って理想の王子を演じ続ける結婚など、絶対にごめんだと思い、誰にも悟られないよう顔を曇らせたのだ。  再度潜入調査に訪れたパーティーでは、疑わしい人物を追いかけてバルコニーに向かうと、ブルワーニュ令嬢とそのお仲間達がまたも揉めている様子だった。  呆れながら近づいていくと、先日たまたま視察した辺境伯の所で見かけた変な女グレース嬢もいた。  別に彼女の事など何とも思っていなかったが、視察で見た彼女のスパーリングが余りにも気持ち良く決まっていたので印象に残って覚えていた。  だが何とも思ってなかったはずのその女は、偉そうなブルワーニュ令嬢に向かって、ドスの効いた声を出した。その姿にフランソワは固まり、一気に気になる女の位置まで爆上がりした。    (自分と同じくらいイカれた女がいる)    フランソワはもっとグレースの事が知りたくなった。その時は女性として見ているというよりも、親近感が大きかったのと、似たような存在を発見し、孤独感が和らいだからであった。    何とか接触する理由を考えて、騒ぎを起こした罰としてこの殺人事件を手伝わせる事にした。実際、潜入調査が出来る令嬢がいれば効率的だ。自分が王太子として行けば令嬢たちによって中々前に進めないし、近衛の格好で潜入すればターゲットに警戒される。ビリーの見た目で貴族の装いをして潜入する事も考えたが、単独で入ると他の貴族達から見た事もないどこの貴族だと怪しまれる。    彼女の潜入調査初日に、少し話してみたくて、潜入調査の説明も兼ねて馬車で迎えに行ったが、会話したグレースはマジでイカれた女だった。おかげでこちらも気兼ねなく会話および喧嘩が出来た。だがそれがすごく心地良く、新鮮で気楽だった。  そしてあろう事か、馬車を降りて月明かりの下に立つグレースが、キラキラと輝いて見えてしまい、生まれて初めて誰かに対して美しいと感じてしまった。自分は月明かりに弱いのだろうか。    そのままグレースを一人でパーティー会場に行かせたが、売人以外にも変な男が寄ってくるんじゃないかと気が気でいられなくなり、急いでフランソワの格好をして後を追うと、案の定男どもに群がられている。  助けようと近づけば、グレースは貴族の男達に睨みをきかせて威圧しており、めちゃくちゃ面白い事になっていた。  (この女……面白すぎるだろ。俺と似てるし)  親近感が極端に上がり、自分の正体を明かしたくなってしまったので、グレースにダンスを申し込んで半ば無理矢理踊り始めたが、彼女は全く自分に気が付いてくれなかった。  (髪の色と髪型変えてるだけなんですけど……)   フランソワは段々腹が立ってきて、顔がしっかり見えるよう極限まで近づいて、視線でも訴えてみた。だが、目の前のアホグレースは全く自分に気が付かない。  ダンス終了の時に思わず苛立った顔をしてしまったが、周りに見られる前に笑顔のフランソワの仮面に切り替えた。  馬車に戻ると、待つ間の暇な時間は一日を振り返る時間となり、先ほど飲み込んだ怒りが再燃し始めた。そうこうしてるとグレースが一人楽しそうに馬車に戻ってきたのがまた一層イラつかせた。  (なんでコイツ俺に気がつかねぇんだよ。フランソワを美化しすぎて、見たくない情報は脳みそシャットダウンしてるのか?)  フランソワは、フランソワ王太子としての自分じゃなくて、ビリーとしての自分を見て欲しかった。  でもグレースは気が付かない。ヒントもちょいちょい与えてるのに。王太子のミドルネーム、ウィリアムの名前まで明かした。フルネームが長すぎて、それが王太子の名前とわからない可能性の方が高いが……。  自分ばかりがどんどんグレースに惹かれていく。  こんなに一緒にいて居心地の良い女はもう現れないんじゃないかと思う。  ビリーのままだと手に入らないなら、もうグレースの望むフランソワでも良いんじゃないかとさえ思えてきた。結婚の為にフランソワを演じるなんて絶対に嫌だったのに、今ではグレースの為ならフランソワを喜んで演じられる。  そしたら、何だよ、コイツ……    ビリーといて居心地が良い?  フランソワとビリーで気持ちが揺れてる?    ……だから、同一人物だっつーの。    あまりにも鈍いグレースに、最接近のキスを仕掛けた。接近というよりも、もう接触している。    キスは自分が優位に立っていたつもりだが、グレースにキスをした瞬間に電流が身体中を駆け巡り、不覚にも自分の方が何も考えられなくなり、キスを終えた後も彼女を見つめて固まってしまった。  もうダメだ。もう気持ちにブレーキがかけられない。絶対にグレースと結婚したい。  とりあえず、グレースが気がつくまでは自分がビリーであり、フランソワでもあるということは黙っていようと思った。  ——グレース、俺はありのままのお前が好きだ。どうか、こんな俺を好きになって欲しい……。  夜の散歩の終わりに、フランソワはグレースのおでこに想いを込めたキスをしてから馬車に向かった。
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