9. 耳飾り

2/2
前へ
/35ページ
次へ
 父と兄の一悶着が終わり、五人で軽い会話を交わしてお開きとなり、客人を玄関まで見送る。父と兄とバルトラ中将が三人並んで楽しそうに会話に夢中になりながら歩いている。そして少し離れたその後ろを、グレースとビリーは歩く。  「なあ」  ビリーがグレースに声を掛けた。グレースはビリーに顔を向ける。  「好きだ」  何の脈絡もなく放たれた言葉に、グレースは動揺して立ち止まってしまった。  「おいおい、止まるなよ。前の三人に変に思われるだろ」  「アンタが変な事言うからでしょ」  グレースは気を取り直してまた歩き始める。その歩みに合わせてビリーが隣をぴったりと歩く。  「なあ」  「何よ」  ビリーは突然グレースの手に指を絡めてきた。驚いたグレースが「え?」と言いながら立ち止まってビリーを見ると、彼はその手を自分の口元まで持っていき、グレースの目を見つめながら彼女の指にキスをした。  「好きだよ、グレース」  ビリーが囁くと、彼の温かい吐息が手に触れ、グレースの体温も上昇した。  「ちょっ……ちょっと、どうしたのよさっきから」  グレースの顔は真っ赤になっている。    「俺を見ろよ」  「そう言う事言われると恥ずかしくて逆に見れないでしょーが」  グレースは赤くなった顔を横に逸らしてビリーの視線から逃げる。ビリーはグレースが顔を逸らして自分を見ようとしないので、抱きしめて逃げられないようにした。  「……なあ……お前を守る役目、俺にくれない?」  グレースは呼吸を整えようと、ビリーの胸で深呼吸をする。だが彼の香りに更に濃く包まれてしまい、どうにかなってしまいそうだった。  「なんで……アンタとフランソワ様はよりによって同じ香水つけてるのよ……」  ビリーは顔を下に向け、抱きしめているグレースを見た。  「香水?」  「同じ匂いで、余計に頭が混乱する」  グレースは彼の胸に両手を添えながら、真っ赤になった顔の口元を少し膨らませてビリーを睨んでいる。ビリーから見た彼女の目は自然と上目遣いになっており、その表情がたまらなく可愛いく、愛おしく感じた。  「お前……ずるいな」  「……は?……」  ビリーはパッと手を離し、グレースを解放する。彼の顔もまた赤く染まっていた。  「じゃあ、また、王都で会おう」  ビリーは赤くなった顔でグレースに微笑んでから、玄関に向かって歩き出した。  グレースは緊張しながらビリーをチラッと見ると、左耳のイヤーカフがきらりと光り、その姿が印象に残った。      ——グレースはその晩、夢を見る。    また前世の夢だ——    「これ、(あった)めて」  レジカウンターに缶コーヒーとウィンナーパンが置かれる。  (げっ、また来た、この暴走族)  (ゆかり)の目の前にはヤマトと呼ばれる暴走族が、特攻服姿で立っていた。(ゆかり)がシフトに入っている時は必ずと言っていいほどパンかおにぎりを買って行く。そして全てレンジでの温めを希望するのだ。  「温めですね、はい」  (ゆかり)は商品バーコードをスキャンすると、パンをレジカウンター後ろの電子レンジに入れ、その間に会計をした。おつりを渡すと、チンッと音がする。  レンジから出したパンの袋は膨張して膨れ上がっていた。袋の端に少し切り込みを入れるのを忘れていた。  「……パンが……パンパンだ……」  目の前の暴走族が真顔でギャグを言った。  二人の間に微妙な空気と()が生まれ、それがまた絶妙な笑いを誘い、(ゆかり)は耐えきれず吹き出してしまった。  「え? 何? 面白かったの?」  どうやらギャグではなかったようだ。  「え? ギャグじゃないんですか?」  (ゆかり)は血の気が一気に引いた。こんなタチ悪そうな輩の言ったことを笑ってしまった。    すると、ヤマトは笑い出す。  「まじか。そんなんでウケんのかよ。もっと早く言っときゃ良かった」  笑顔のヤマトは可愛らしく、いつものイカつい雰囲気とのギャップにキュンときてしまった。ヤマトが(ゆかり)を見て小首を傾げながら微笑むと、両耳につけたシルバーリングのピアスが煌めいた。  「前から思ってたんですけど、ピアス似合ってますね」  (ゆかり)はそう言いながら、レジ袋にコーヒーとウィンナーパンを詰めてヤマトに差し出す。別に大した意味はなかった。ただ何となく前から思っていた事を、会話を繋げるために口に出しただけだ。    「ねぇ、下の名前、教えて」  「……ユカリ……です。紫でゆかり」  「おれはヤマトね。大きいに和でやまと」  「はあ……大和……さん」  急に大和の目つきが変わった。  「大和(やまと)、ね」  まるで獲物を狩る時の獰猛な動物のような目で(ゆかり)を見ながら、軽く首を右に傾けて両手で右耳についていたピアスを外す。  そして、(ゆかり)から差し出されたレジ袋ではなく、それを掴む(ゆかり)の手を握った。    「ねえ、(ゆかり)……」  いきなり呼び捨てで呼ばれ、(ゆかり)はドキドキしてしまう。    「俺の右耳のピアスもらってくれない?」  「……はい?……」  握っていたレジ袋を払い落とされ、その手にピアスを握らされた。ヤマトの顔を見ると、左耳に残っていたもう片方のピアスが輝いている。    ——そこで夢は終わった。  グレースはベッドの上で薄っすらと目を開き、天井をぼーっと眺めている。  「なんか、意味があった気がする……」  グレースはそれが何かまったく思い出せなかった。まだ眠気が残っており、うとうとと目を瞑ると、すぐにまた眠りについた。        
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

81人が本棚に入れています
本棚に追加