1. 始まりで終わる

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 グレースは、なんだかモヤモヤとした気持ちを引きずりながら家路につき、翌朝一番に父と兵士達の元に行く。  「お父様、ガウルを貸してください」  ガウルはげんなりとしながらグレースの父親を見ている。  「ガウルも仕事があるからなぁ。ならガウルと一緒に、グレースも訓練に参加したらどうだ?」  「いえ、そういうのは望んでいないです」  「いえいえグレース様、この機会に兵達にもスパーリングを披露してご教示ください」  こうしてグレースは自ら招いた結果で、今日は兵達の前でスパーリングの披露と、指導をする事になった。    グレースがガウルの持つミットに拳を思い切り打ちつけると、パァンッと乾いた良い音が鳴る。すると兵士たちも「おお~」と歓声を上げた。調子に乗って回し蹴りなんかも披露してみる。    父は先程到着した客人二人を、グレース達がいる練習場まで案内して練習風景を見学していた。客人二人の漆黒の軍服の片肩から胸辺りまでには、近衛師団を表す緋色の飾紐が吊るされており、階級章から地位の高さがわかる。  「我が国は平和ゆえ兵士達の緩みが課題でしたが、さすがは辺境を守られる兵士達の練習は見応えがありますね」  グレースの父は、短い銀髪の大柄な男に褒められ恐縮している。  「バルトラ中将にお褒めいただき大変光栄です」    中将と呼ばれた男の横には、同じく近衛師団の装いをした、暗めの金髪をオールバックにしており、目つきは悪いがスタイルの良い男が立っていた。彼は特に何か話す様子もなく、ただジッとグレースの稽古を見ている。  「ビリー様、いかがなさいましたか?」  バルトラ中将の話し方から、ビリーと呼ばれる男の方が地位は上である事が伺えた。  「ああ、あの女の動きは中々だと思って」  「ええ、私もそう思います。ただ、あの女性はロザリオ侯爵のご令嬢だそうですので……その……」  ビリーは驚いてバルトラ中将を見た。  「あれが侯爵令嬢?」  ビリーがグレースをアレ呼ばわりをした事に、バルトラ中将はこほんっと軽く咳をする。ビリーはロザリオ侯爵を見て取り繕う。  「失礼。余りにも素晴らしい技術を持っていたので、訓練をされた騎士か兵士だと思い思わず」  ロザリオ侯爵は笑いながら答えた。  「いえ、おっしゃることはわかります。いつもはちゃんと淑女としての振る舞いをしているのですが、スイッチが入るとあの様に人が変わった様になりまして」    三人はそのまま会話を続けながら歩き出して、屋敷に戻って行った。  その様子をグレースは遠目に見ていた。  (あの人達は何しに来ていたんだろう)  近衛師団の来訪からひと月ほど過ぎた頃、グレースはまた社交界のパーティーに参加した。  (今回もフランソワ様はいらっしゃるかしら)    突然フランソワ王太子が現れても良いように、今回のドレスや髪型は気合を入れた。  グレースはフランソワ王太子が現れたらすぐにわかる様に見渡しの良い場所でパーティーの様子を眺めていた。どの令嬢も、前回突然王太子が現れた事から今回はかなり気合が入っており、いつも以上に華々しいパーティーとなっていた。  すると一人の令嬢が泣きながら走ってバルコニーへ行く姿が見えた。  グレースはその令嬢が何となく気になり後を追いかけた。  バルコニーに出ると、令嬢は隅の方でうずくまって泣いていた。  「大丈夫ですか?」  グレースが令嬢の肩に手を置くと、彼女は顔を上げる。その顔を見て何故気になったかがわかった。前世でのヤンキー仲間の妹分に似ているのだ。  「私に構うと巻き込まれますよ。どうぞ放っておいてください」  「何に巻き込まれるんですか?」  グレースが戸惑っていると、後ろからトリシアに声を掛けられた。  「クズ二人が集まって何を話してるのかしら?」  グレースが振り返るとトリシアがほくそ笑み、その後ろに数人の取り巻きを従えていた。  「ご機嫌よう、トリシア様」  グレースはドレスのスカートを持ち挨拶をする。  「やだ、貴方それが挨拶のつもり? これだから辺境から来た令嬢はイモくさい」   取り巻きの令嬢達が一斉に大笑いをする。  「男爵家のセニとイモくさい貴方を合わせたら男爵イモね。あらまあ、ちょうどいい二人じゃない」  トリシアはセニに近づき、持っていた扇子で彼女をあおぐ。  「あー、やだわ、臭い。誰が男爵家なんて領地もない様な家の者を呼んだの? パーティーの格が下がるじゃない。早く帰ってくれないかしら」  グレースはセニをよく見ると、ドレスの胸元が破かれていた。  いつもなら令嬢たちの嫌味など我慢できるのだが、前回トリシアから受けた屈辱への怒りも思い出し、何よりセニが懐かしい妹分に見えて、今回は抑えられそうになかった。  (どうせ毎月連続でフランソワ様がこんなパーティーに来るはずもない)  グレースはトリシアの正面に身体を向けて立った。  「何? 邪魔なんですけど」  トリシアが不服そうな顔を見せると、グレースはトリシアの胸ぐらを両手で掴み、自分の顔まで力強く引き寄せ、眉間に皺を寄せた。そして現世では誰にも見せた事のない憤怒の相で睨みつけ、一言だけ言葉を発する。  「ア゛ぁ?」  その場が一瞬で凍りついた。  グレースは掴んだ手を通して、トリシアの震えを感じる。     だが、次の瞬間グレースも凍った。  取り巻き令嬢達の後ろで、フランソワ王太子がこちらを見て固まって立っていたのだ。  (詰んだ……)  グレース含め全員がその場で固まり、王太子を見て沈黙した。
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