11. 添い寝の力

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11. 添い寝の力

 朝、グレースは入念に身支度を整えて部屋を出る。学校生活初日は緊張するものだ。何度も梳かした髪を、手櫛でまた整え、しきりに前髪をいじりながら廊下を歩いた。  一般室の並ぶ廊下に差し掛かると、女子生徒達の浮つく声が聞こえてくる。  「見た?」  「あんなカッコイイ生徒いた?」  「見たことなーい。婚約破棄してアプローチしたーい」  「えー、でもちょっと悪そうじゃない?」  「そこがいいのよー」  廊下のあちこちから似たような会話が聞こえ、何事かとグレースは横目に見ながら彼女達の間をすり抜けていく。すると、その注目の的がわかった。    女子寮の入口近くに燕尾の制服姿のビリーがいた。廊下の大きな窓から降り注ぐ朝の光がビリーを照らし、窓際にもたれかかって少し俯いて視線を落としたその姿がどこか謎めいており、女子生徒達の心を鷲掴んでいた。  ビリーがグレースに気がつき彼女を見て柔らかく微笑むと、左耳のイヤーカフがきらりと光った。  (美……美男子……)  グレースはビリーが周りと比べて段違いに顔立ちもスタイルも良い事に今更気がついた。  「行くぞ」  「え?」  「教室」    ビリーはグレースの手を握り廊下を歩き出す。すると女子寮の方からは悲鳴が聞こえたが、振り返るのも、立ち止まって彼女達に囲まれるのも嫌だったので、そのままビリーについて行く。  ビリーが時間割の紙を見ながら授業の確認をして舌打ちした。  「何だよ、一時間目は男女別かよ」    グレースは少しホッとした。初日の一時間目から下手に女子生徒達を敵に回したくない。ビリーが目立っている以上、そばにいるだけで目の敵にされるだろう。  ビリーはグレースを教室まで送り届けてから、自分の授業に向かった。グレースは教室に入り、窓際の一番後ろの席を選んだ。教室は徐々に人が増えていき、始業の鐘が鳴る頃には、少ないと言われていた女子生徒も、教室を埋めるほどは在籍している事がわかった。  グレースの隣には何故かトリシアが座った。  (……懐かれた?)  授業中、トリシアは教師の目を盗んではグレースにこそっとジブリールの好きな色は何だとかを聞いてくる。  (ああ、ジブリールの情報が欲しいだけか)  グレースはジブリールの好きな物など知りもしないので適当に答えていたが、トリシアは猛烈な勢いで授業ノートに一言漏らさず書き連ねる。その姿は(はた)から見たら授業態度の良い熱心な生徒であった。教師もトリシアをたまに見ては満足そうである。    突然、窓際の数人の女生徒が興奮した歓声を上げ、教室内の生徒が一斉に同じ方向を見ると、後に続くように皆色めき立つ。  グレースも窓の外を見ると、なんとビリーが剣で対戦相手を次々に打ち負かしていた。どうやら男子は外で剣技の授業だったらしい。  ビリーが相手の剣を薙ぎ払えば、その剣は空中で弧を描きながら落ちてきて地面に突き刺さる。黄色い歓声が沸くと、男子生徒達が女子が観ていることに気がつき、自分も格好良いところを見せようとした一人が不意打ちでビリーに襲い掛かる。それをビリーは気怠そうにし、しゃがんで相手に回し蹴りをくらわした。  剣での攻撃ではないので、ビリーは教師に呼ばれて注意を受けるが、その態度は両手をポケットに突っ込み教師から顔を逸らしており、どこからどうみても話を聞く態度ではない。そんな悪そうな所が女子にはまた堪らなかったようで、教室内の歓声が鳴り止まない。  「あの人! 今朝女子寮の入口にいた人よ!」  「私絶対婚約破棄してくる!!」  「静かになさい! さあ皆さん席について!」  女子生徒達は名残惜しそうに席に戻って行き、皆早く授業を終えたいといった表情をして教師を見ていた。  グレースが、そういえばトリシアはずっと静かだと思い横を見ると、彼女は一心不乱にノートにジブリールの似顔絵を描いていた。だがその画力は凄まじく、ジブリールそのものであった。  「え゛」  「なに? 文句ある?」  ちょうど鐘が鳴り授業が終わる。女子生徒達は一斉に教室を出て外に向かって行った。行き先はあそこだろう。そう思って教科書類を片し、グレースは次の教室に向かった。  結局その日はビリーとは行動は別になった。チラッとだけ遠目に姿が見えたが、ビリーがグレースを見つけて彼女の方へ歩いて行こうとすると、すぐに女子の群れがビリー目掛けて突撃し、彼はその波に呑まれていった。  グレースはこれ幸いと、ビリーが女子生徒達に捕まっている間に席を離れたり教室移動をしたので、それで接触する事もなく一日が終わったのだ。  
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