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そして、夕方、フランソワの部屋にはアゲハとバルトラ中将がいる。フランソワの顔色は以前よりだいぶ良くなっていた。アゲハは治療として睡眠薬の使用はもちろんの事、気を整える薬膳料理を準備したり、安眠できるように香を焚いたりと様々な事を毎日行なっている。
アゲハとバルトラはフランソワから今朝の夢の話を聞く。夢は日常の記憶の整理と言われているが、フランソワの夢の話はこの世界の話ではなく、でもその話は具体的で、しっかりとしたあらすじがあった。東方で育ったアゲハには、そういった神秘的な話には思い当たる節がある。
「フランソワ様、私が生まれた東方では、前世からの宿題が誰しもあると言われています。もしかしたら、フランソワ様の夢は宿題を示しているのかもしれませんよ」
フランソワはベッドの上で起き上がっており、二人はその傍で立っている。
「宿題……?」
アゲハは笑う。笑う事で自分の発言を軽くした。
「あまり鵜呑みにはしないでください。東方の伝承の一つですので」
バルトラ中将が真剣な表情でフランソワに報告する。
「フランソワ様、宿題といえば、こちらは本格的な宿題、ではなく問題です」
「どうした?」
「グレース様が、セニ嬢から薬を買えなくなった者につけ狙われているようです」
「何だって」
「すぐに春学期が始まります。近衛の仕事を手伝わせた我々の責任ですので、若い近衛兵に生徒のフリをさせてグレース嬢の護衛としてつけさせて頂きます」
「……いや、俺が戻る」
フランソワの発言に、バルトラ中将は体調を考慮して強く反対したが、アゲハは真逆の意見だった。
「ぜひ、フランソワ様がグレース様の元に行かれるべきかと」
バルトラ中将は医師であるアゲハの判断に困惑している。
「何を言ってるんだお前は」
「もしかしたら、その方がフランソワ様の不眠が治るかもしれません」
アゲハはフランソワに微笑んだ。
「グレース様よりご伝言をお預かりしております」
「何だ?」
アゲハはフランソワの耳元まで顔を近づけて囁く。
「いつまで隠れてんだ、このヘタレ」
フランソワの目が点になり、微笑むアゲハをしばらく見つめてから我にかえった。
「あ゛? なんだと?」
「私ではありませんよ。グレース様からです」
フランソワの目がいつもの鋭い目つきに変わり、額の血管を浮き上がらせている。
「フランソワ様、グレース様は、もう一つおっしゃっておりました」
「もういい」
「いえ、ちゃんと聞いてください」
アゲハはもう一度フランソワに耳打ちする。
「ビリーに会いたい」
フランソワの顔がみるみる赤く染まり出す。アゲハはその様子を見て嬉しそうだった。
「貴方の愛する方は夢の中ではなくて、現実にいらっしゃいますよ。その方のために夢を克服しようと思えば、もしかしたら眠れるかもしれません」
その晩、フランソワは睡眠薬は使わずに、悪夢を覚悟して自ら眠りについた。
夜中にうなされて目が覚める。だが夢の内容が今までと少し違った。
「前世からの宿題……」
フランソワは静かに考え込んだ。
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