2. 終わりは始まり

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 ロザリオ侯爵はグレースの肩を優しく叩く。  「グレース、王太子殿下の事は諦めて、お前のありのままを愛してくれる相手を探しなさい」    ロザリオ侯爵は二人に続いて部屋を出て行った。  グレースは今までの努力が水の泡となり、憧れのお姫様生活が強制的に終わりを告げようとしている事にふつふつと怒りが湧いてくる。  「まじ、なんなん? 人の恋を簡単に片づけやがって! 娼婦のような格好? そんな私を愛してくれる人?? どこにそんな王子がいるんだっつーのっ!!」  グレースは近くの椅子を思い切り蹴とばした。前世の家にあった椅子とは違い、重厚な高級ソファはびくともせず、グレースが足を痛めただけだった。  それから、すぐにパーティーの晩はやってくる。  「おお! グレース! そういうドレスの方がお前に良く似合っているぞ!」  父も母もグレースを見て喜んでいる。彼女はビリーの要望通り、フリルやリボンは一切ない、胸元を強調したダークトーンの紫のドレスを身にまとい色気を出していた。悲しいかな、グレースの不機嫌な顔が更に色気を引き立たせている。    ちょうど外に迎えの馬車が到着した音がした。  外へ出ると、ビリーが近衛の制服ではなく、黒い燕尾服で待っていた。  「屋敷まで私が送ろう」  差し出されたビリーの手を取り馬車に乗り込むと、彼と対面して座る。馬車が走り出すと、ビリーは説明を始めた。    「もしも、ターゲットと接触が出来たら、薬の取引日時と場所を話したらすぐ引き上げろ。もし試しに今使ってみるかと聞かれたら断れ。記憶を飛ばされて何をされるかわからない」  「あー、はい」  グレースは窓の外を眺めながら不機嫌に返事をする。  「おい、まじめに聞け」  「聞いてるわよ」  ビリーはグレースの横に移動し、グレースの眺めていた窓の横をドンッと力強く拳で打つ。グレースは振り返ると、ビリーの静かに怒る顔が目前にあった。  「聞けっつったら、目ぇ合わせろや」  ビリーの威圧にカチンときたグレースは、目前にあるビリーの顔に更に自分の顔を近づけて睨み返した。  「あ゛? どんな口の利き方してんだテメェは」    二人は睨みあって動かない。  だがビリーはグレースの令嬢とは思えない極悪な顔に耐えきれず笑ってしまった。  「いいな……お前」  「あ゛?」  グレースは目の前の男が威圧してきたり、人の事笑ったりと、ころころ態度が変わり不可思議でイラつく。  「もうお姫様の態度はやめたのか?」  ビリーは頬杖をついてグレースを眺めながら聞いてくる。  「失恋したら、もうどうでもよくなった」  「なるほどね。まあ、こっちは今の方がありがたいけどな」  グレースはそっぽを向いてチッと舌打ちをすると、ビリーはグレースの顎を掴んで自分の方へ向かせた。その目は背筋が凍るほどの凄みがあった。  「次に俺に向かって舌打ちなんてしたら許さねえぞ」  ドスの利いた声は、恐ろしく良く響いた。  (……こいつは……ヤクザか?)  グレースが怯んでいると、馬車は屋敷に着いていた。    「俺はこのまま馬車に乗って待機場所で待ってる。終わったら戻ってこい。命の危険を感じたらすぐに引き上げて戻って来いよ」  「ええ、わかったわ」  グレースは屋敷に向かい歩き出す。  (はあ、めんどくさっ。とりあえずアイツ待っててくれるみたいだし、何だかんだ心配してくれてるし、悪い奴じゃないのよね)  グレースは振り返ってビリーを見る。  (ほら、まだ馬車に乗らずにこっち見守ってた。しかも黙ってれば良い男なのよね。もったいない)  グレースはなんだか気が抜けてフッと笑う。    「ありがとう」  その瞬間、夜風が吹き、グレースの美しい紫の髪をなびかせた。揺らめくドレスに月明りが反射してキラキラと輝く。  ビリーは固まった。髪をなびかせて笑顔で素直に礼を言うグレースを美しく感じてしまった。さっきまで粗野なクソ女だった奴が、今は自分に本心で礼を言う美しい女になっていた。輝くドレス姿は、自分が指定した服装とはいえ、予想以上に艶やかで色っぽい。    馬車の戸を閉めると、ビリーの顔は赤くなっていた。  「くそっ。何なんだあの女」  ビリーは悶々としながらグレースの帰りを待つことになった。    
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