5. ビリーの別荘

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5. ビリーの別荘

 翌朝、朝食の席では昨日のブルワーニュ姉弟の来訪の話題になっていた。だが、ジブリールは明らかに聞きたくなさそうに皿を見ながら、ナイフとフォークで乗せられた食べ物を微塵切りにでもするかの如くずっと切っているし、グレースはそもそも寝起きでぼーっとしている。盛り上がって話すのは両親だけだった。  「まさかブルワーニュ公爵から格下の我が家にあのような連絡が来るとは思わなかった」  「トリシア嬢がジブリールを大変気に入られているとか。それに爵位こそ下ですが、ロザリオ領の経済力はブルワーニュ領よりも上ですので、全くの格下というわけでもないですし、縁談先としては申し分ないでしょう」  「このまま進めば、じきに正式な縁談の話が来るだろうな」  父は嬉しそうにジブリールに目をやると、視線を感じたジブリールはナイフを高速で動かした。  昨日トリシアに城壁都市を案内している時、同行した弟のトラヴィスは明らかに領地経営の調査やロザリオ領の経済動向を探っていた。おそらく、トリシアの縁談先として申し分ないか、公爵からその目で確かめてくるように言われたのだろう。    自分の未来が周りの手によってどんどん固められていっている気がして嫌な気分だった。  ジブリールは動かしていた手を止めると、隣に座るグレースに顔を向けた。  「本当ありがたいお話ですね。もしも本当にトリシア嬢と結婚することになったら、そうだ、グレースの部屋の向かいにある、あの大きな部屋に夫婦の寝室をお願いします。トリシア嬢も、グレースがそばにいた方が心強いでしょう」  「なっ」  グレースは急に巻き込まれて目が覚めた。毎朝起きたら向かいにジブリールだけでなくトリシアまでいるとなると地獄だ。ましてや夜に向かいから二人のいちゃつく声なんか聞こえようもんなら吐き気で発狂するだろう。  グレースが考えを巡らせて思い沈む様子に、ジブリールはにんまり笑った。  「いやあ、まさかグレースのパーティーでの失態をきっかけに、私の留学に区切りがついて、興味のなかったパーティーにも行かせてもらえて、縁談の話まで出てきそうになるとはなあ。本当、グレースのおかげだよ。ありがとう」  ジブリールの最後のありがとうは目が笑っていなかった。  ダイニングルームに侍女が入ってきて、グレースに声を掛ける。  「あの、お取込み中申し訳ございませんが、ビリー様がお嬢様をお迎えに参りましたが、いかがなさいましょうか」  そういえば今日はビリーが迎えに来るとか言っていた。昨日はその強引な約束が煩わしかったが、今はその誘いに救われる。  「そうでした。ビリー様とお約束がありました。ではお先に失礼します」  ジブリールはまだまだ言いたいことがありそうな顔をしていたが、グレースから言わせれば、成人年齢が十六で、結婚年齢は女性なら初潮がきた時から、男性なら十五と早いこの世界で、貴族の家に生まれて二十三歳にもなるジブリールが婚約者すらいない状態でフラフラしていたのだから、自ら引き起こした事だ。じっくり両親と一対二で戦ってくれ。  部屋を出て行くグレースを見ながら、ジブリールと顔がそっくりな母が呟く。  「時代ですねえ……恋愛結婚が主流になるのでしょうね……」  その言葉に父は慌てた。  「れっ……恋愛? あのビリー様と??」  母は「どうでしょうねえ」と微笑みながら食後の紅茶を飲んでいた。
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