しおくり

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※  母さんは夏でもすぐに風邪を引いてしまう、病弱な人だった。身体は細く、肌が白かった。加えて常に顔色が悪かったせいか周りからはよく、 ――あの人の見た目はこの世のものとは思えない。  と、嫌味を言われた。その度に僕は母さんをバカにする奴らと喧嘩した。傷だらけで帰宅する僕を母さんが心配そうに出迎え、手当してくれたことも今となっては懐かしい日々の記憶だ。  優しくて素敵な母さん。それに引き換え、ずっとそばにいた父親はまるで駄目人間だった。 ――他に守るべき人ができた。  という無責任な言葉を吐いて突然家を飛び出したかと思えば、その数日後、決まって何食わぬ顔で家に戻ってくる――そんな誰から見ても身勝手な行為を繰り返していた。なのに母さんは絶対に責めなかった。  器の大きい母さんのことを心の底からを尊敬していた。そばで僕を支え続けてくれた母さんに、ずっと恩返しがしたかった。が、その願いが叶うことはなかった。  別れは突然やってきた。あれはとある蒸し暑い夏のことだった。 ――もう長くは持たないかもしれません。  医者からの突然の宣告。目の前が真っ暗になった。病気の原因は遺伝的なものであり、仕方のないことだ。と、医者に説明された。  入院治療を続けるも、容態が回復することはなかった。痩けた頬、乱れた髪、血の気のない肌――ベッド上で見る母さんの顔は痛々しく歪んでいた。あまりの辛さに声を押し殺して泣いていた僕に、母さんは紫色の唇を何とか動かし、こう呟いた。 ――ごめんね、一人ぼっちにさせてしまって。  それが今際の際に聞いた、母さんからの最期の言葉だった。 ※
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