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配達員は目深に被っていたキャップを脱いだ。昇り始めた陽光に配達員の顔が照らされる。僕は目を細め、見開いた。
「まさか、そんな」
生前会っていた頃より大人びていて気付かなかったが、目の前で膝をつく青年は紛れもなく僕の息子だった。
「私もいるわよ」
砂利を踏みしめる音に顔を上げる。
「久しぶりね」
青年の隣に並ぶ日傘を差した女性――それは母さん、つまり僕の妻だった。僕が病気で死ぬ間際、ベッドから見上げていた時より母さんの肌ツヤは良くなっていた。
「二人共」
死別した家族達の顔を交互に見やる。
「わざわざ僕のために?」
感極まって声を震わすも、
「暑い中ごめんね、重かったでしょ?」
「良いよ、仕事のついでだから。お袋こそ風邪は大丈夫?」
「問題ないわ。この時期よくこじらせちゃうから誤解されがちだけど、私、体は丈夫な方よ」
僕に構わず母さんと息子は話し始める。
「そうだったの!? それならそうと言ってよ……って聞こえてないか」
ふいに込み上げる孤独感。すぐそばにいるのに伝わらないもどかしさ。
「僕はここにいる! 気付いて!」
叫んだ、次の瞬間。
「父さん?」
「あなた?」
二人がこちらを見た。
「ま、まさか声が届いた?」
心に希望の光が宿る。僕は母さんと息子に向かって手を伸ばした、が、
「待たせたな」
背後から何者かが僕をすり抜けた。霊体が蜃気楼のように揺らいでしまう。
「遅いよ父さん」
「あなた、待ってたわ」
母さんと息子が歩み寄る先には、体格の良い男が立っていた。
「悪い、少し用事が立て込んでしまってな」
男は日に焼けた顔をほころばせたあと、
「ちなみにこのお墓が例の?」
こちらを振り返った。母さんが頷く。男は目を閉じ、手を合わせた。
「旦那さん、はじめまして、俺が新しい旦那です」
「……え?」
と、口から間の抜けた声を漏らしてしまう。母さんに視線を移す。母さんの頬が赤らんでいた。
「息子くん共々絶対に幸せにします。だから俺等の今後を安心して見届けて欲しいんです」
母さんと息子の肩を抱く男に、
「ちょっと待って」
ワンテンポ遅れてから狼狽える。
「そんなの聞いてない!」
「ところでこれはお供え物かい?」
僕の魂の叫びは届かず、男はしゃがみながら間延びした声を出す。
「お供え物というか仕送りなの、ねえ?」
母さんが息子に目配せする。息子は深く頷いた。
「親父は父さんと違って、生きてる頃からフォローがないとだめだったんだよ」
「本当にどうしようもない人だったの。浮気は多いし子供みたいにわがままで……大げさに心配してあげないと拗ねるから、最期の時なんか演技するのも大変だったわ」
「お袋のやつれ顔メイク、リアルだったもんなぁ」
「元女優を舐めないでよね。これでも私、ファンから『この世のものとは思えない美人』なんて言われてたのよ? それをあの人が毎度追い返しちゃうから……」
「まぁお袋の愚痴はまた聞くとして、そんな経緯があったわけでさ。とにかく身内としても親父にはウンザリしてたんだ。だから今回これを用意した」
「そうそう、私達の大切なこれからをあの人に邪魔されたくないからね」
「これで恨まれて取り憑かれることもないよ。きっと父さんのためにもなるはず」
不気味な笑みを浮かべ合う母さんと息子に、
「じゃあこの塩気のある食べ物には意味が……?」
男が僕の代わりに疑問を口にする。
「もちろん。あの人のことだし、おおかたここに未練がましく張りついてるでしょうから」
息子と母さんは顔を輝かせ、こちらを見た。
「敵に塩を送る、言わば死送りってやつだよ」
「悪霊はキチンとあの世に送り届けなくちゃねー」
僕は俯く。仕送りから漂う塩気にあてられ、僕の霊体が足元から徐々に消え始めていた。
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