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勇気を振り絞る
「友達と飲みに行ったりすんの? 」
「いえ…… あまり友達付き合いとかしなくて…… 」
「ふぅん、の割には結構飲めるんだな」
僕がこんなにお酒を飲んでいるのは初めて。楽しい気持ちと現実逃避をしたい気持ちが、お酒をすすませるのだろう。
仕事でインタビューなんかもするからか、他愛のない話しでも持っていき方が巧みで楽しい会話が続いた。
松岡さんはフリーランスで仕事をしているらしいこと、そして五月に二十六歳になったことを知る。
初めて乃上家に来てくれた少し前が誕生日だったと話してくれた。
知ってたらな、和のスイーツが多いけれどパンケーキもメニューにあるから、いちごののったパンケーキをプレゼントしたのにな、なんて思ったけれど、あのとき『新緑』のパフェを二つも食べた松岡さんだ、パンケーキもなんて無理か、と思ってくすりと笑ってしまった。
「なによ? なに一人で楽しそうにしてんのよ」
片方の唇の端を上げ、目を細めて僕を見る。
僕よりも四つ年上、とても大人に見える松岡さん。
「老舗の跡継ぎって結構プレッシャーがあったりすんじゃないの? 」
「………… えっと」
「SNSとかやってないんだな、調べてみたけど乃上家の三代目のことはさっぱり分かんなかったよ」
調べても分からなかったのか。
とはいえ、老舗と言っても大企業でも誰でも知っているお店でもない、分からないのも不思議じゃないかもしれない、なんて、おまえが言うなよと言われてしまいそうだけれど。
少し安心してしまう自分に嫌悪をする。
「んーそうだなぁー、まずは岬希おすすめの店とかある? 」
突然に『岬希』と呼ばれて胸がドクンと打ち、目が真ん丸くなってしまう。
「なに? 岬希が岬希って呼んでくれって言ったんじゃん」
…… そうだった。
乃上家さんとか、三代目とか呼ばれる度に、心臓を針で刺されているみたいだったから。
でも、すごくドキドキする。
「おすすめの…… うん、おすすめグルメみたいの」
にっこりと笑い、僕の目をじっと見る松岡さん。
「あ、えっと…… たまに行く定食屋さんがおすすめ、かな」
なんてことだ、答えてしまった僕。
松岡さんの瞳に吸い込まれてしまうんだ。
見つめられた視線から逸らし、俯き頬を染めて答えてしまう。
「へぇ、どうおすすめ? 」
「えっと、ボリュームがすごくあるのに、リーズナブルなんです」
…… なに答え続けているんだ、僕ってば。
「美味しいですよ」
ばか、僕。
「じゃあ、そこに行こう、リーズナブルな値段って、好印象だな。老舗の跡継ぎって、ぼんぼんやお嬢さまのイメージがあるからさ。んータイトルはこれから考えるけど、サブタイトルは『老舗の跡継ぎだって普通の子』なんてどうよ? 」
「あ…… 」
そうだよ、だって僕は普通の子だもん。
どうしたらいいだろう。
言うんだ、今、ちゃんと。
「あの…… 松岡さん…… 」
「立記って呼んでよ」
「…… りつ、き、さん」
嘘だと告白しようとしたのに、立記と呼んでくれと言われてそっちでドキドキした。
「なに? 」
にこにこ顔で少し顔を傾ける立記さん。
なんてかっこいいんだ、目に焼き付けておこう。
「ごめんなさい…… あの、実は…… 」
胃に入っていたものが全部上がってきそうなくらいに緊張して、真実を話そうとしたとき、立記さんのスマホが着信を知らせて振動した。
「あ、ごめん、わるい」
スマホを持って席を離れ、立記さんは一旦店の外に出て行ってしまう。
せっかく言えるタイミングで勇気が出たのに、挫かれてしまう。
「わるいわるい、ごめんな。で、なんだっけ? 」
「…………… 」
「あ、定食屋ね、どこにあるの? 」
言えなくて黙っていると、「どうした? 」と顔を覗き込まれてまたもどきりとしてしまう。
「飯田橋に…… 」
また答えちゃった。
「じゃ、そこにしようっ」
満面の笑みで頭をぽんぽんと撫でられ、固まってしまう。
嬉しいのに、幸せなのに、こんなに辛くて苦しい。
「あの…… 」
もう一度、勇気を振り絞った。
嘘を吐いていました、僕は乃上家の三代目ではありません、ただのアルバイトです、そう言うんだ。
体が震えてくる。周りの喧騒がこもってきて遠くに聞こえる。
「ん? 顔色悪いな。どうした? 酒に酔ったか? 」
「あ、いえ…… あの…… 」
「ごめん、俺、あんまり楽しくて岬希に無理させちゃったかな、ごめんな、店を出よう」
「あ、あの、そうじゃなくてっ」
店を出ようと、立記さんが伝票を持って立ちあがろうとする腕を思わず掴んでしまい、はっとして離した。
「まじで顔色悪いぞ、大丈夫か? 」
これは完全な自業自得です。
酔ってはいないです、いや、少し酔っているけれど顔色が悪いのはそのせいじゃない。
「少し空気のいいところに行こう」
そう言って立記さんが僕のバックまで持って、脇の下に手を入れ立たせようとする。
近い、立記さんがめちゃくちゃに近い。
持ち上げられ、目の前に立記さんの尖った喉仏。
ごくりと生唾を飲んでしまう。
「大丈夫かっ!? もどしそうかっ!? 少し我慢しろ、なっ」
違います。
もどしそうで生唾を飲んだのではないです。
立記さんの勢いに、すっかり負けてしまっている僕。
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