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店を出て「大丈夫か」と僕の背をさする立記さん。
嘔吐しないです。
ただただ頷き、さする手を外してほしい僕。
だって、ドキドキが止まらないから。
「あ、あそこにベンチがある、座ろう」
立記さんがベンチを指差しながら、優しく僕の肩を抱いたりなんかしたから、それはもう、驚いて体を離してしまう。
「だっ!大丈夫ですっ!良くなりましたっ!っので、帰りますっ!」
たまらずにその場を駆け出し、立記さんを置いて去ってしまった僕。
なんて失礼な人間なんだ自分は。
焼き鳥屋さんのお金も払っていないし、挨拶もしてない、なにより、嘘だと伝えられていない。
最低だ、僕。
それはもうひどい自己嫌悪に陥り、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
人通りも少ない静かな場所。
どこだろう、考えなしに走り出してしまったから、ここがどこだか分からない。
スマホの位置情報で現在地を調べ、家まで三十分も歩けば着く場所だと分かりまた歩き始めた。
罪悪感と後悔ばかりが頭の中を占領する。
ずっと項垂れて歩き続けた。
嘘を吐いていること、お礼も挨拶もせず、お金も払わず帰ったこと、謝らなければならないことが次々に積み重なっていく。
電話では失礼だよな。
でもとりあえずは今夜のことは謝らないと、足取り重く帰路についた。
やっぱり飲みすぎたかな、少し気持ちが悪いし頭も痛い。ほとんど単位は取り終えているから、今日は大学を休もうと思った。
けれど。
自分の部屋のベッドに篭もり、どう言って謝ろうかと考える。
乃上家の跡継ぎだと嘘を吐いていた(正確には勘違いから始まったのだけれど)ことは、直接会って話さないと失礼な気がする。気が重いけれど仕方ない、自分が悪いんだ。
昨夜の無礼への謝罪。
立記さんに肩を抱かれて…… あ、立記さんって言ってしまっているじゃないかと気がつき頬を赤らめた。
…… 立記さんに肩を抱かれて狼狽してしまいました、なんて言えやしない。
でも、肩を抱かれた、優しく。
その温もりがまだ肩に残っているようで、抱かれた方の肩を静かにさする。目を瞑り、あのときの情景を思い出す。
一瞬、こめかみのあたりに立記さんの唇があった気がする。
そんな昨夜を思い出し、ときめいている場合じゃない。
ガバッと体を起こし、ズキンとした頭の痛みに顔が歪んだ。
頭が痛いとか、二日酔いだとか言ってられない、早く立記さんに謝らなければ。
スマホを手にとり、電話の発着信履歴の『松岡さん』の名前を見て、とくんとなる。
編集で『松岡さん』を『立記さん』と修正して、ひとり頬を緩ませた。
…… だから、こんなことをしている場合じゃない。
一歩も前に進まない。
── 昨夜は失礼しました
── 昨夜は申し訳ありませんでした
── 昨夜は……
なんて言おう、またも頭を抱えてベッドの上で苦悶した。
どのくらい身動き取らず、スマホを握りしめたまま固まっていただろう、よしっと思い立記さんの携帯番号をタップした。
プルルル、プルルル、ブルルル……
気が遠くなってしまいそうなほどの緊張。
耐えられずに五回のコールで電話を切って、スマホを放り投げた。
どっと疲れた。
でもそんなことを言ってもいられない、もう一度頑張るんだとスマホを手に取りひとり頷く。
ブーブーブーッ!
はっ!!
あまりの驚きにまたもスマホを放り投げてしまう。
着信の知らせ、画面に立記さんの名前が出ていた。
ど、ど、ど、どうしよう。
ブーブーブーッ。
とりあえず、応答しなくちゃ…… 慌てふためきどこに放り投げてしまったのか分からなくなって、バフバフとベッドの上を叩きながら探した。
あった。
早く応答しなくちゃ、という気持ちのおかげで躊躇することなく電話に出れたことはありがたい。
「もっ!もしもしっ!」
「………… 」
あれ? 切れちゃった?
耳からスマホを離して画面を確認したけれど切れてない、聞こえないのかな?
「もしもし」
「…… もしもし」
立記さんの静かな声に少し驚く。いつも元気溌剌なイメージだから途端に不安になった。
もしかして、僕が嘘を吐いていたことがバレてしまったのではないかと胸がざわつく。
ちゃんと話そうと思っていたんだ、謝ろうと思っていたんだ、でも、思っていただけでは謝罪したことにはならない。
「も、もしもし…… 」
どうにも声が小さくなり、電話口の向こうの様子を探った。
「…… はぁぁ…… よかった…… 」
安堵したような吐息を漏らし、よかったと立記さん。
よかった? どういうこと?
「岬希、走って逃げちゃったから、なんか俺、昨夜気に障ることでもしちゃったんじゃないかと思ってさ、気が気じゃなかったんだよ」
「…… え? 」
「岬希から電話をくれたってことは、そうじゃないってことだよな? 」
電話の向こうの立記さんの声が、だんだんと元気を取り戻してきているのが分かる。
それに『岬希』って、今も呼んでくれている。
嬉しいけれどひどく胸が痛い。
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