アナウンスに恋して!

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「41番、佐山花恋」 ストップウォッチを押す。一息吸う。これが、終わりの始まりである。 高校生になった私は放送部に入った。特にこれといった明確な理由はなかった。強いて言うなら「ちょっと面白そう」なんていう単純な理由。 「放送部って何してるの?」 とよくクラスメイトに聞かれる。放送部、というのは決してメジャーな部活動ではないし、名前だけだとわからないというのがメジャーになれない理由だろう。きっとそれ以外にもあるだろうけど。 放送部の活動は、お昼の校内放送や行事運営の手伝い、そして大会に向けた準備。 大会は年に2回行われる。個人部門の朗読とアナウンス。番組部門のテレビドラマ、テレビドキュメント、ラジオドラマ、ラジオドキュメント。あとは地域ごとに特別な部門もあるが割愛する。 私はアナウンス部門をメインに行っている。特に明確な理由もなしに入った私だが、入部当初「あなた、アナウンス向きね」と先輩や顧問に言われ、流れるようにアナウンスを始めた。最初の大会は朗読をやらされたが、向いていないと悟った。だからこそ、アナウンスをやっているのかもしれない。 アナウンス向きの声。ただたんたんと読むだけではないが、朗読のような感情を必要としない。強いていうなら伝えたいという気持ち。だがしかし、私は高校2年生になるまでそれを理解していなかった……いや、気づけていなかった。 とにかく、ただ、読む。たんたんと、一定に。 とにかく、噛まずに、すらすらと読めるように、必死に練習を続けてきた。 先輩になんとなく指摘されたとこを直して、ある程度褒められて終わるだけ。 「うん!上手になったね、あとは当日頑張ろ!」 気づいていなかったのだ。気づくことができなかったのだ。このときの私はただ、アナウンスに何の感情も抱くことが、できていなかったのだ。 2年生になって初めて地区の次に行われる県大会という、そこそこ規模のある大会に参加することができた。先輩方が地区大会を突破し、出場権を獲得できた。私はそこで痛感した。 「あ、違う」 私の読みはつまらなかったのだ。暗く、一定で、面白みがない、と気づいてしまった。自分の録音した音声を聞いた。なんだ、これは。これでは、取材を引き受けてくれた人に失礼だ、熱意が伝わらない。県大会と言うのは、こんなにも違うのかと痛感した。もちろん、先輩方の読みも上手だ。しかし、県大会の決勝となると、レベルが格段に違う。本物のアナウンサーなのでは、と思うほど、レベルの高い人たちが集まる。私は挫折しかけた。この程度の思いで入ったのに、私は上を目指して良いのだろうか。今のままでは上にはいけないだろう。どうすれば良いのだろう。しかし、私の思いをかき消すように、アナウンスの友は言った。 「花恋ちゃん、この舞台で会おう」 他校のアナウンス部門出場者、鳴川美波ちゃん。私とずっとアナウンスをやってきた、ライバルであり、仲間である。ライバル、と言っても1度も勝てたことはない。そして、同い年にも関わらず、県大会に進んだ実力者。地区大会では合計で40点もの差があった。これをテストで言い表すなら、私が40点、美波ちゃんは80点と言ったところだろう。何が違うのかと言うと、根本的な技術……だけではない。原稿から、既に審査は始まっている。読めば良い、というものではない。 「うん、次は、絶対に県大会に進む」 消えかけていた私の炎を、燃え上がらせてくれた。 それからというもの、私は今までの考えを全て捨て、次の大会に向けて歩み始めた。まずは取材。自分で電話やメールをして取材許可を取り、自らの足で取材をしに行く。取材をした後、自分の手で原稿を作る。これが朗読との大きな違いだ。あちらは既にある本から文章を抜粋するのだ。今回は校内の人に取材をするので、その人に直接取材をしに行けば良い。許諾を取り、取材をする。さて、原稿を作り終えた。だが、1度完成したからといってすぐに読み始めるのは違う。修正をしなければならない。わかりやすく正しい日本語になっているか、読みづらくはないか、その人の思いが伝わるような原稿か……など、様々な視点から見なければならない。顧問に見せて、またさらに違う、第三者からの視点も取り入れる。 「うーん、ここもう少し具体的にしたほうがいいかも」 「でもそれだと、人を伝えたいのか、活動内容を伝えたいのか、わからなくなりそうで。だからわざとこの言葉にしたんです」 文章に、正解はない。自分はこう思っていても、他の人は違う風に思っていることもある。当たり前だ。 「……なら、それで行こう」 原稿の修正をぎりぎりまで行った後、本格的に読みの練習を始める。最初は発声練習。『あめんぼ あかいな あいうえお』でおなじみのあめんぼから外郎売、くるくると呼ばれるものなど様々だ。いきなり読み始めたら喉を壊しかねない。しっかり喉を開いてからやるのがコツだ。 「100番、佐山花恋」 最初に読む番号は自分の発表番号。100以降の番号を使うのは都会の地区大会くらいだ。 「……以上です」 朗読をやっている部員に聞いてもらった。 「……めっちゃ良くなってる!すごい練習したんだね!」 3年生に上がると途端に褒められ始めた。けれど、私の中にはずっと違和感が残っている。 「何かが違う」 確かに1年生の頃から比べたら格段にうまくなっている。いくらか明るく、はっきりとした声で話している。けれど、あの県大会の舞台で聞いたアナウンスと、「明らかに何かが違う」。 家に帰って、去年の全国大会のアナウンスCDを聞くことにした。県大会でわからないなら、全国大会の音源を聞くしかない。 「……え、何……これ……」 思わず声が出てしまった。無理もない。その音源から聞こえてきたのは本物のアナウンサーにも劣らない……いや、ほとんど本物の、アナウンサーの声だった。滑舌も、発声方法も、声の明るさ、強弱……すべて違う。県大会の決勝とはまたさらに上の、声だ。 「……っ」 少し、涙が出てきた。全国大会が県大会より上なのは当たり前。でも、こんなにも違うものなのか。県大会のアナウンスを聞いて、そこから学んで、上手くなっていた、と自惚れていた自分を苦しめる。そしてうちの放送部でアナウンスをやっているのは、私だけ。……そう、競い合えるような、しっかりした知識と技術を持っている人は、いないのだ。 「……無理、だなぁ」 県大会の舞台で会おう。そう美波ちゃんと約束した。しかし、これでは無理だと、確信してしまった。自分の原稿を手に取る。 「……文章がぐちゃぐちゃ。追い込みが甘い。」 そう呟き、思わず原稿を破いてしまいそうになった次の瞬間。 ピコン。 スマホの通知音が鳴り響いた。はっと我に返る。見てみると、美波ちゃんからのメールだった。 「土曜日、大会に向けたアナウンス講座があるらしいんだけど、行く?」 アナウンス講座。1年生の頃参加して酷評をもらった講座だ。正直、良い思い出はない。断ろう、と思ったがその文字を止めた。 「今、ボロクソに言ってもらったほうが良いのかも」 うちの放送部にアナウンスをやっている子がいないから伸ばせない、だなんて最悪な思考を振り払うには、プロにみてもらう他ない。 「私も、行く」 最悪な私を、どうか、見てほしい。お前はまだダメだ、と、言ってくれる人が欲しい。 土曜日。美波ちゃんと待ち合わせをして講座が行われるという会館に向かった。 「もうすぐ大会だけど、調子はどう?」 「……あんまりかな、美波ちゃんは?」 「うーん、番組の編集も兼業してるから練習時間あまり取れてなくてさ」 私はパソコン作業が得意ではないので、番組の編集や書類作成は他のメンバーに任せている。私がやるのはドキュメントのナレーションとドラマの脇役程度なので基本的にアナウンスに集中できる。 「……お願いします」 講師の方に挨拶をする。講座に参加するのは……10人いるかいないか程度。アナウンスは自分で原稿を作らなくてはならない、という点から朗読よりもやる人が少ない。けれど、地区大会を突破し、県大会に進めるのはここから3〜4人。私は今まで1度も行けたことがない。 「……まだまだだね。はい、次」 淡々と進んでいく講座。終わった直後、涙ぐみながら席に戻る子もいる。 「お願いします。」 私の番がきた。 「8番、佐山……」 「あーちょっと待って。」 「君、声暗いね。もっと明るくできない?」 本文に入る前に止められた?どういうことだ。 「え、っと」 「緊張せず、リラックスして読んで良いんだよ」 理解できない。番号の時点で……? 「8番、」 「暗い」 「8番、佐山」 「まだいける、もう一声」 「……8番」 「……まぁ、そのくらいか、次は本文も読んで」 「8番、佐山花恋……」 本文を読み終えると、講師は一息ついて私の方を見た。 「君、焦ってるね?」 「え、ぁ……」 「タイムオーバーしてるわけでもない。速度も極端に早いわけじゃない。でも、君は読むことに一生懸命で周りが見えていない。……君は、何を伝えたい?」 (周りが、見えていない……?) 「まぁ技術的に言うなら鼻濁音がまだできていない。あと助詞が伸びてる、「〜は」、が特に伸びてるね。あとは固有名詞はしっかりはっきりと。言いづらいところは何回も練習したり……」 「っ……」 知っていた。自分がまだまだできていないこと。技術も、心も、足りていないということを。正直、1年生のときに何を言われたか、はっきりとは覚えていない。でも、全否定された、というのは覚えている。先輩は、気にしなくていいよ、と言っていた。それに甘えて記憶から消し去ってしまったのだろう。 「はい、次」 ほぼ強制的に終了した。整理する暇もないまま。 ……最後は美波ちゃんだ。 「9番、鳴川美波」 「うん、続けて」 美波ちゃんの声が届かないほどに、原稿に目を向ける。美波ちゃんの読みは、今は小さなBGM程度にしか聞こえていない。もう、上手いのはわかりきっている。ああ、やっぱり来なければ良かったのだろうか。現実を知ってしまうのは、最初から分かりきっていた。 私は文字に集中する。早く終われ、早く終われ、早く終われ。早く、帰らせてくれ。 「……はい、以上で終了します。お疲れ様でした」 終わった瞬間、泣きながら出ていく人や覚悟を決めながら出ていく人。みんなそれぞれ違う思いを抱えていた。美波ちゃんは急用ができたようで、終わったあと急いで帰ってしまった。会場に残っていたのは、私だけだった。帰りたい、と思っていたはずなのに、体が動かなかった。 「……帰らないの?」 「あ、えっ、と、帰ります。ありがとうございました」 「……ちょっと待って」 講師に引き止められた。 「確かに君は今、周りが見えていない」 「っ……」 「でもきっと、周りを見れたら、変わるはず。周りが見えなくなるほどの集中力。これは一見デメリットにも見えるが、メリットと捉えることもできる。それだけの集中力を持っている人は中々いない。……もっと詰め込め、もっと考えろ、もっと鍛えろ。上へ登りたいという、強い意思があるのなら、きっとそれは君の武器になる。」 そういうと講師は別室に消えていった。 「私の、武器……」 家に帰り、自分の原稿を読み直してみた。ぐしゃぐしゃになった原稿を見るたび 「……まだ、ダメなんだ」 ということを実感してしまう。 「私の、武器……か」 私は原稿を破り捨てた。ネガティブな気持ちではない。むしろすがすがしい気持ちで。ルーズリーフを取り出し、1から原稿を書き直した。いつもはパソコンで文章を打ち込んでその上から書き込みをしたが、今回は全部手書きで行こうと決めたのだ。 「……よし」 本文を手書きし、苦手なところや強調したいところに印をつける。 「これで、行こう」 数週間が過ぎ、地区大会になった。アナウンスの出場者は7人。県大会に行けるのは、その内の3人だろう。私の発表は6番目。ほぼ最後だ。そして私の次は美波ちゃん。講座のときと同じ。 1人、また1人と発表が終わり、とうとう私の番になった。 ステージに向かって歩き出す。いろんな思いを抱えた者たちが集う会場を歩く。ステージに立つと、みんなの顔が見える。緊張も不安も期待も、人それぞれの思いがあふれている。 「……6番、佐山花恋」 番号と名前を言い、一呼吸置く。 「本校の校則が厳しいと、地域の人や他校の人からよく言われます。実際に通う生徒からも、厳しい、変えてほしいといった声が聞こえていました。そこで、今の校則を改正すべく、生徒会が動き始めました。まず生徒だけでなく先生や保護者の方にアンケートを実施しました。その後アンケート結果を集計し、校則改正が実際に行われた学校に問い合わせて資料を集め、説得力のあるプレゼンテーションの作成に取り組みました。その後、職員会議や全校集会で発表を行い、ついに校則の一部改正に成功しました。生徒会長の山田さんは「決して簡単な道のりではなかった。けれど、生徒みんなが今よりさらに過ごしやすい学校を作るために尽力した。今後も生徒の声を聞いて取り組んでいきたい」と語ります。厳しいと言われた校則の改正は、私たち生徒に大きな衝撃を与えました。さらにもう一歩向こうへ。生徒会を中心に本校に新たな歴史が刻まれます。」 読んだ。読みきった。伝えられることは、伝えたつもりだ。 ステージを降り、自分の席に戻る。 「7番、鳴川美波」 自分の席に戻った瞬間、美波ちゃんの発表が始まった。 (上手い……でも、私だって、やりきった。今度こそ、あの子に勝ちたい。勝って、県大会に進んで、全国に行くんだ) 美波ちゃんの発表が終わり、全発表が終了した。講評までしばらく待つことになる。 「お疲れ様!」 美波ちゃんに声をかけられる。 「お疲れ様……相変わらずすごいね」 「……いや、花恋ちゃんもすごかった。真面目に、今回は誰が行くかわからないくらいに。」 1番長くアナウンスをやって、なおかつずっと地区で1番をとってきた美波ちゃん。もちろん、私も1番を取りたい。 「……みんなで、行けたら良いのにね」 そんな他愛のない話をしている内に、結果発表の時間が訪れた。 「皆さんお疲れ様でした。ではまず、アナウンス部門から発表します。」 来た、そして早い。口頭発表なので、聞き逃すことは許されない。 「ではまず3位から発表します。3位は、4番の飯田琴乃さんです」 「では次2位。2位は、6番の佐山花恋さんです」 2位。 「最後に、1位。1位は7番の鳴川美波さんです。おめでとうございます。」 2位。 「そっかぁ……2位かぁ……」 思わず涙が出てきた。初めて賞を取れたという喜びと、1位をとってみたかったという悲しみの両方が同時に襲ってきた。周りからは、花恋2位おめでとう、という声が聞こえた気がした。 (悔しい、悔しいな) 悔しがってる間にどんどん別の部門が発表される。朗読も、番組も、県大会進出が決まった。全員で、県大会に行ける。でもその喜びよりも、2位だったという複雑な感情が残っている。 (最後くらい、1位とってみたかったな) 「美波ちゃん、1位おめでとう」 大会終了後、顧問に声をかけられた。 「花恋の読みが審査員の中で高評価だった」 「え……2位なのに、ですか?」 口に出てしまった。嫌味のように聞こえただろうか。でも出てしまったものは戻らない。 「そして1番の課題は原稿の具体性だ。校則のどこが変わったのか、明確にしていれば……という意見が出た。」 そして審査員1人1人からの講評の紙をもらった。実際にそこでも、原稿の具体性について指摘されていた。 (これ……ここもう少しできてたら、1位だったのかな) 結果が全てではない。けれど、少しだけ、そう思ってしまった。 「1年生のときに比べたら、格段によくなってる。その課題をクリアできたら……全国も、夢じゃないかもしれない」 次の日。私は早速、言われたことをもとにもう1度原稿を書き直してみた。その日から何度も顧問に相談して、修正を繰り返した。顧問だけじゃない。美波ちゃんにも相談してみた。県大会出場経験のない私にとっては、貴重な意見になると思ったからだ。 「……かなりよくなったんじゃないかな」 原稿を完成させた。ぎりぎりまで詰めて、詰めて、詰めて、詰めまくった。タイムオーバーしないほどの字数。読むスピードが丁度良くなるくらいの字数。400字程度が理想と言われるアナウンス原稿。できる限りのことはやった。練習もやった。地区よりも県大会よりもさらに上を目指して。 「これで、行こう……美波ちゃん、ありがとう」 「私は大したことしてないよ、花恋ちゃんの実力だよ」 「でもあのとき、県大会で会おうって言ってくれたから、私は頑張れた。……負けないよ」 それから数日後。県大会の日が訪れた。地区大会とは比べ物にならないほどの人数が会場に押し寄せる。 (すごい……ここにいる人、みんな放送部なんだ) 去年も来ていたが、あまり何も考えていなかった。これで最後の大会ということもあるが、今回に関しては自分の原稿で戦うのだ。 「アナウンスは……うわ、80人もいる」 地区の倍以上の人数。県大会初日は公開抽選から始まる。 「アナウンス部門の抽選を行います。地区ごとに並んでください。」 くじを引く。私は41番のようだ。他部門の抽選を終え、ホテルに戻り、自分の原稿に大きく41番と記入した。いよいよ、明日だ。 「悔いの残らないようにね」 と先輩からメッセージが届いた。 「はい、頑張ります!」 初めての舞台。そして、最後の舞台。泣いても笑っても、県大会はこれで最後。 「よし……やろう」 次の日。アナウンスの発表の日になった。 「花恋なら大丈夫、お互い頑張ろう。」 部門ごとに分かれて行われるため、みんなばらばらになった。最後に、円陣をして。 「花恋ちゃん、おはよう」 外で発声練習をしていると、美波ちゃんが近づいてきた。 「おはよう。今日は、頑張ろう」 2人で発声練習をして会場のホールに向かう。美波ちゃんは9番を引いてしまったようで、ほとんど最初だ。私はお昼ごろらしい。 「ただいまからアナウンス部門の審査を行います……」 司会の声が会場に響き渡る。 1人、また1人と発表が行われる。 (みんな、すごい……!) 地区とは違う空気。原稿の幅の広さ、色んな声。 美波ちゃんの発表が終わったようだ。 「美波ちゃん、お疲れ様」 「……ありがとう。……いつもは、何かしら失敗しちゃって、泣いて終わってた。でも、今回は出し切れたよ」 美波ちゃんの目はぎらぎらしていた。決意のこもった、目をしていた。 「花恋ちゃんも、頑張って」 背中を押され、待機席に向かう。 「審査を再開します。」 再び司会の声が響いた。1人、1人と終わるたび、私の番が近づく。鼓動が高鳴る。 「……よし……」 私の番が来た。心の中で済ませようと思った言葉が思わず口に出てしまったが許してほしい。少し周りに見られてしまった。でも、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。あとはもう、やるだけなんだ。読んで、伝えて、届けるんだ。恋のように、必死な思いを、審査員と、アナウンス仲間に届ける。 (今だけは……私だけの舞台だ) 「41番、佐山花恋。」 「本校の校則をよりよいものにしたい。その思いを胸に、生徒会が動き出しました。今までは携帯電話や髪型についての校則が厳しく、生徒から変えてほしいという声があがっていました。まず生徒会は生徒や教職員、保護者にアンケートを実施しました。さらに、他校に協力を仰ぎ、実際に校則を改正したという資料を集めました。この2つをもとに夜遅くまで残ってプレゼンテーションを作成し、職員会議を全校集会で報告しました。その後、行事のみ携帯電話が使えるようになったり、髪型の規則緩和が行われたりなど、校則の一部改正に成功しました。生徒会長の山田さんは「改正後、目に見えて学校の雰囲気が変わった。自分たちの努力が実を結んだので嬉しいです。今後も生徒のために活動を続けたい」と語ります。校則の一部改正という偉業は私たち生徒に大きな衝撃を与えました。今後も生徒会を中心に、本校はさらなる進化を遂げていきます。」 (っ、まずい、声が裏返った。) 途中で声が裏返ってしまった。 (でも……できた) 裏返ってしまうほど、必死に読めた、伝えられた。発表中、自然と笑顔で読めていたと思う。 「……お疲れ様、花恋ちゃん」 美波ちゃんに話しかけられる。 「負けちゃった、かも」 「そんなことない!美波ちゃんだって、いつもよりも、ずっと、ずっと上手だった!……一緒に、全国行けたらいいね」 「……うん」 全ての発表が終わり、決勝へ進む人が発表される。80人中、20人が選ばれ決勝を行う。そしてそこから選ばれた12人が全国に進むことができる。 「番号のみ、発表します」 「7番、12番、24番、27番、28番、31番、33番、36番、39番、40番、43番、46番、52番、54番、57番、60番、61番、66番、72番、78番」 (あ……) 呼ばれなかった。私も、美波ちゃんも。それどころかうちの地区は全滅だった。 「……私、先戻るね」 去りゆく美波ちゃんの目には涙が浮かんでいた。 「……ま、じか」 自信はあった。練習は何度もつんできた。原稿だって何回も直した。最後まで、一生懸命読んで、伝えた。悔しい、悔しい悔しい!私も、同じ地区のみんなも上手だったのに!すっごい、すっごい良かったのに! 「……終わっちゃったな」 ぐしゃぐしゃになった、41番と大きく書かれた原稿を持つ。 「……一緒に……戦ってくれてありがとう……」 涙が出そうなのをぐっとこらえ、会場を後にした。 「花恋!」 会場を出てホールに戻ると、部活の同期と顧問がいた。 「……お、つか……っ」 お疲れ様、と言おうとしただけだったのに、こらえていた涙が溢れ出してくる。知ってる子を見つけたという安堵と悔しさが同時にこみ上げてくる。 「……っ……!」 涙が止まらない。同期はそんな私を優しく迎え入れてくれた。 「花恋、ずっと頑張ってたもんね、私知ってるよ……」 数分ほど泣いて落ち着いたあと、同期と決勝会場に向かう。せめて最後のけじめとして、決勝は聞かないといけない。そう思ったのだ。 決勝の原稿は全員共通。開会式の前に配られたプログラムに記載されている原稿を読む。条件は全員同じだ。 「1番……」 進んでいく。20人分、進んでいく。 (……私もあの舞台に、立ちたかったな) もちろん、初めての県大会で決勝の舞台にいけるほど、アナウンスは甘い世界じゃない。ずっと、積み重ねて、努力してきた人が、立てる舞台。才能がある人が立てる、という場所じゃない。完全に、努力の問題だ。 「これでアナウンス部門の決勝を終わります。準備終了後、朗読部門の決勝にうつります。」 私はそっと会場を出た。苦しくなった。 「……悔しい」 でも、最後のけじめはつけられたと思う。ホールのソファに座る。抜け殻になったように。いつの間にか全国大会出場者が発表されたらしく、喜んだり泣いたりしている人がホールに増えた。あと一歩だったのに。そう言っている声が聞こえた。 「……あ、花恋ちゃん」 美波ちゃんだ。まだ目元が赤い美波ちゃんが、こちらへやってきた。 「さっきは急にいなくなってごめんね」 「いや、大丈夫、だよ」 お互い、なんとなく気まずい空気になる。 「……外、行かない?」 なんとなく誘ってみる。ホールには人が増えてきたし、外なら落ち着けるだろうと思ったからだ。 「……うん」 美波ちゃんと外に出る。 「んー!やっぱり外の空気はおいしいな」 息苦しい会場を飛び出し、近くの公園に向かった。平日の15時ということもあり、人はほとんどいなかった。まだ学校が終わっていない時間帯だ。 「……美波ちゃん、あの」 「ん?」 ずっと、言わないといけなかったことがある。でも少しためらいがある。私が言っていい言葉なのだろうか、言える資格はあるのだろうか。 「美波ちゃん、3年間、一緒に戦ってくれて、ありがとう」 言いながらまた涙がこぼれる。でも、笑顔で言えたと思う。美波ちゃんの目にも、涙が浮かんでいた。 「……こちらこそ、ありがとう」 悔しい、という思いが2人を支配する。頑張ってきたからこそ、出てくる涙。 ずっと、アナウンスのことを考えて、戦ってきた、この3年間。 これが、アナウンスに恋した者たちの、物語だ。
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