疑惑と遭遇

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明るい所から急に暗い場所へと放り出されたような心細さを感じながらとぼとぼと歩いて行くと、最寄駅から自宅マンションへ向かう道中に人だかりが出来ている事に気が付いた。 野次馬らしき人達がみんな「火事だ」「こりゃダメだろうな」と口々に言って騒いでいる。 そう言えば、この周囲一帯に焦げ臭いにおいが漂っている。 何気なく視線を上げれば数台の消防車と轟々と黒煙を上げながら燃えているアパートの骨組みらしきものが人集りの向こうに見えた。 此処は確か、物凄く古くて人が住んでるかも怪しいボロアパートがあったはずだ。  大きな地震が来たら一発で潰れちゃうんじゃないかってレベルの木造二階建て。ドアだって簡単に蹴破られてしまいそうな位、ちゃっちい作りだった。 そのアパートが、燃えている。 数台の消防車が懸命に放水活動をしているけれど、火の勢いは収まるどころか、徐々に強くなって来ているようにも見えた。 どうしよう。俺ん家のマンションはこの道を通らないと戻れないのに。 道幅いっぱいに広がった人だかりの間を縫って歩くのは、至難の業のようにも思えた。  こういう時、平均より少しばかり小さい自分が恨めしい。筋肉の付きにくい身体は、この人込みを搔い潜るにはあまりにも不利だ。 5年ほど前に亡くなった母さんは、成長期に入ったらもっと大きくなるわよって微笑んでくれたけど、残念ながら高校に入っても成長はゆっくりで、一年で僅か1cmしか伸びていない。 せめて、170cmは欲しいところだったけれど、どう頑張ったって後数年で5cm以上伸びるとは考えにくい。  でも、ここで立ち往生してても仕方ないし、行ける所まで行くしかない!  「すみません、通ります」 人の波を押し退けて進んでいくと、ふと、端の方に見た事のある長身の男が立っている事に気が付いた。 冷たい眼鏡のフレームにグレーのマスク。俺と同じ制服に身を包んだ彼は、茫然と燃え盛るアパートを眺めて佇んでいる。 「露木君」 俺が声を掛けると、彼は青白い顔をゆっくりとこちらに向けて、心底驚いたように目を見開いた。 「椎名。なんで」 「なんでって……、俺が住んでるマンション、あそこだから。ここ、通り道なんだよ」 指さす先に見えるのはこの町のランドマークと謳われているタワーマンション。地上45階、地下3階建ての建物はどこに居ても目印になる。 俺は普通のマンションでいいって言ったのに父さんがゴリ押しで契約して来た所だ。 「……あぁ、そうか」 一瞬、露木君の表情が悲痛に歪んだ気がしたけれど、すぐにいつもの無表情に戻ってしまう。 そう言う彼は、此処でなにをしているんだろう? 野次馬するようなキャラには見えないんだけれども。
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