オレンジで自由な空を飛ぶ

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「父さん、イス座れば?」  今でも、則宏とは交流がある。  真紀子との約束で、年に一回は則宏と会うことができるのだ。  今日はその、大事な一日。高尾山へ登山に行く約束をしていた。  日曜日の中央線は、思いのほか混雑している。  電車の中、目の前の席が空くと、則宏は俺に譲ってくれた。 「則宏、リュック預かろうか?」  則宏は首を横に振った。  大きなアウトドアバッグを、則宏は大事そうに抱きしめている。   「そんな重そうなバッグ背負ってたら、肩が外れるぞ。父さんのように、棚の上に置いたらどうだ?」 「大丈夫だよ。気にしないで」 「そうか……」  則宏の声は、一年前よりも低くドシッとしているように聞こえた。思春期なのも相まって、言葉数は少ない。  一年もすれば、こんなに成長するんだな……。  しばらく無言のまま、高尾駅まで電車は進んでいった。  高尾駅で、高尾山の近くにある駅まで行ける線に乗り換える。  到着まで、学校の話とか部活の話とか、いろいろ話そうと試みた。  だけど、電車の揺れる音がうるさくて話しづらい。会話のラリーはそう続かなかった。  しょうがない。無理に話そうとしても、則宏に気を使わせるだけだ。  途中から無言を受け入れ、興味のない中吊り広告をじっと見ていた。   そうこうしているうちに、高尾山に到着する。 「やっぱり人気なんだな高尾山って。則宏、準備はオッケーか?」 「うん。どのルートから行くの?」 「シンプルなルートでいいよな? メインコースを歩こうと思うんだが」 「父さんがそれでいいなら、そうしよう」  言動も大人っぽくなったなぁと、感心してしまう。  無理にはしゃいだり、テンションが上がったりはしないみたいだ。  高尾山は今日も、登山目的の人々で溢れていた。  それに紛れるように、俺たちも足を進めていく。  色んなお店を見て回りながら歩き進めることができる、シンプルな表参道。  普段着でも登山できちゃうほど整備されている道だけど、体力に自信がない俺からしたらそれでもちょっと不安だ。  いや、不安の中歩くのは良くない……。  則宏と話して、気を紛らわせよう。  電車の中では、立った則宏と座った俺で、若干話しづらかった。  歩きながら、もう一度近況を聞いてみることにした。
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