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「父さんは独りで、寂しくない?」
蕎麦とカレー丼が残りひと口ずつ……というところで、則宏はまた声を出した。
独りで寂しくない……か。
寂しくないなんて、絶対にありえない。
俺は今、後悔しているんだ。
もしあの時に戻れるなら、俺は仕事よりも家族との時間を作ることに必死になるだろう。
絶対に、家族を大事にする自信がある。
だけどもし「寂しい」なんて言ったら、則宏は困るだろうし、みっともないって思うかもしれない。
俺は思ってもない「寂しくない」を発していた。
それは、誰がどう聞いても嘘だとわかるほど、プライドにまみれた「寂しくない」だった。
自分が自分で嫌になる。
「そっか……」
則宏はボソッと呟き、蕎麦とカレー丼を完食させた。
俺も続いて、両方を口に入れる。
則宏……今の返答を聞いて、どう思ったのだろうか。
もしかして、則宏も俺に戻ってきてほしいんじゃないか?
あんなに言葉数の少なかった則宏が、俺に寂しいかなんて聞いてくるってことは……俺をもう一度受け入れようとしてくれているのかもしれない。
もしかしたら、そういう話が真紀子との会話の中であるのかも。
「則宏は……寂しくないか?」
野暮だとは思いつつも、我慢できずに聞いてしまった。
則宏はテーブルの上に設置してあるペーパーナプキンで口を拭きながら、苦笑いで「どうだろうな」と答えた。
俺もつられて、苦笑いになる。
「そ、そろそろ行こうか」
恥ずかしくなった俺は、財布の中から千円札を二枚取り出して会計に向かった。
則宏の顔を見ることができない。
おつりを受け取って、外に出る。
「あ、雨だ……」
先に店を出ていた則宏が、薄暗くて怪しい曇天を見ながら呟く。
五秒後に、雨脚が強まった。
「嘘だろ、さっきまで晴れてたのに……」
「どうする父さん? ケーブルカー使って帰ろっか?」
別にそこまで恐れるほどの雨風ではない。
できれば登りたい派の俺は「則宏はどうしたい?」と委ねた。
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