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「別に……登ってもいいけど……」
意外な返答に、心が躍る。
早く帰りたいだろうなと思っていたから、予想外の言葉が返ってきて気分が高揚した。
「じゃあ、これ着ようか」
俺は背負っていたリュックから、レインコートを二つ取り出す。
こんなこともあろうかと、二つ用意しておいたのだ。
「ありがとう、父さん」
則宏にはプルオーバータイプの頑丈なやつを渡す。
俺はポンチョタイプの、少し保湿性の低いものを身に着けた。
リュックの中に忍ばせておいたキャップも被り、準備は万端。
則宏はレインコートについているフードを被っている。
「よし、行こうか」
少し強くなった雨に顔をしかめながら、ゆっくり登っていく。
杉並木や境内を抜け、土の道でも休むことなく歩いていった。
この状況で登頂まで行って何が得られるのだろうか……そう疑問に思うけど、それでもせっかくここまで来たんだから、登り切ってみたいという気持ちがある。
何も喋らないまま、淡々と進む。
終盤は俺だけ息を切らしていた。
若い則宏もさすがに疲れてはいたのか、顔が下向き加減だ。
雨に打たれながら、それでも前を見据えて、一歩一歩傾斜を登る。
目的なんてない。ただ、則宏と一秒でも一緒に居たいだけ。
ただそれだけの気持ちで、山頂まで駆け上がった。
「ようやく着いたぞ、則宏」
天気が悪くても、霧がかかっていたとしても、やっぱり達成感はあった。
それは則宏も一緒だったようで、山頂からの景色は見えにくいはずなのに、しっかりと口角は上がっている。
手すりに手をかけて、しばらく無言で景色を眺める。
そして、空気を勢いよく吸っていた。
則宏に何と声をかければいいんだろう……。
気づいたら、雨は止んでいた。
すると、俺よりも先に則宏の方が口を開いた。
「親父さ……再婚とかしないの?」
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