オレンジで自由な空を飛ぶ

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「だから父さんも……」 「うん?」 「父さんも……動き出したら?」  儚げな声で、則宏は言った。そこには優しさと残酷さが詰まっている。  子供は容赦がないなぁと、心の中で思う。 「ありがとう。そうだよな……じゃないと、則宏も心配だよな?」  自虐気味に笑いかける。無理に明るくした。  則宏は「まあね」というように一度頷く。  言葉にはしないけど、則宏も心配してくれているのだ。  少し間が空いた後、則宏は「でも……」と僅かな声量で呟いた。  次は何を言ってくれるのかと、耳を澄まして聞こうとする。 「でもさ、俺の父さんは、父さんだから」  そう言って、則宏は遠くの方で薄っすら浮かび上がる富士山を見た。  力ない声は継続されたままだった。  俺は一気に感情がせり上がってきて、ついには泣きそうになってしまった。  奥歯を噛みしめて、涙が流れないように力を入れる。  あんなに家庭を顧みない父親だったのに……則宏のサッカーだって見に行かなかったくらい、無関心でダメな父親だったのに……則宏は俺をいつまでも父親だと言ってくれた。  俺はわざと照れているフリをした。  本当は感極まっているのに、それを悟られたくないがために「ありがとな」とニヒルに笑う。  精いっぱい、おどけてみせた。  でも、本当は則宏も気づいているはずだ。  俺の感情が、忙しく動いていることを……。  ――下山中は特に話すことのないまま、止まらずに下っていった。  高尾駅で中央線に乗り換えて、東京駅を目指す。帰りの中央線は空いていて、余裕で席に座れた。  二人共アウトドアリュックを抱えたまま、電車に揺られている。 「最近ダイエット中だったからな、体を動かせて良かったよ」  最後に何か話さないとと、無理矢理話題を絞り出した。 「確かに。父さん、そんなに腹出てたっけ?」  そこまでつまらない話題というわけではないのか、則宏も明るい表情で話している。  則宏も真紀子の話ができて、肩の荷が下りたような感覚になっているのだろう。
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