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「や、やめてください、吉田様!兄が破談にすると言っておりました!」
洋館と洋館が立ち並ぶ大通りを一筋入った細い路地奥で、静子は軍服の吉田に追いつめられていた。吉田は刀を静子の右肩に突きつける。行き止まりの煉瓦壁に背を預け座り込んだ静子は青ざめ、歯がカタカタ震えた。
「破談は受け入れたが、君の右手を諦める気はない」
「い、嫌!」
静子は泣きながら両腕で己をかき抱いた。怯える静子と舌舐めずりする吉田の間に、勇が飛び込む。抜刀し静子に向く吉田の刀を叩いた。静子を背に庇った勇は吉田に叫んだ。
「軍人の華族への暴行など軍法会議行きだ!」
「誰か知らないけど、僕は陸軍大佐だよ?簡単に捕まらないさ。だって目撃者はこう、するから」
吉田の刀が勇へと振り上がる。勇は自ら刀を手放し、美しいまでに潔く。吉田に斬られ一刀両断にされた。
「きゃあ!」
血飛沫と勇の右腕が空に舞った。静子が地面に崩れ落ちた勇に覆いかぶさる。
「あれ?首を切ったつもりだったけど、意外と手練れ?」
吉田が首を傾げると、細い路地に声が反響した。
「警察の方たち見ましたよね?!あいつです!」
「お兄様!」
「まさかお前、嵌めたな!」
一郎が引き連れてきた警察官たちが数人がかりで吉田を背後から押さえつけた。出血多量の勇の意識が薄れていく。
「勇様!」
勇の血を止めようと静子が勇の腕のあった場所に、桜の手拭をあてて泣き叫ぶ。桜が紅に染まってしまう。静子の声が遠くなる。
どうか幸せにと、それだけが勇の頭を巡った。予見通りの未来を迎え、勇の意識は沈んだ。
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