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月明かりが差し込む白い病室のベッドの上で、勇は目覚めた。
「私がわかりますか?」
「静子……?」
寝転ぶ勇の左手を静子が握る。泣き腫らした目の下に黒い隈がある静子は少しやつれて大人びてまた一段と、綺麗だ。
「わざと斬られるだなんて……!」
ここが死後の世界であったとしても勇は驚かない。静子が泣き縋ってくれるだなんて夢だ。勇はぼんやりと斬られる前のことを思い出す。
『一郎、警察を連れてきてくれ。吉田はきっと今まで何度も巧妙に罪を逃れてきている。陸軍大佐を逮捕するには現行犯しかない。もう二度と静子に近づかないように絶対に牢に入れてやる』
『どうやって?!』
『俺が斬られる。その現場を警察に目撃させろ』
『でもそんなことしたら勇が!』
『黙ってやれ!』
「勇様がそんなに無鉄砲な方だなんて知りませんでした!大馬鹿です!」
品よく微笑む彼女がこんなに感情を露わに勇を叱る姿を知り、命を取り留めた実感が湧いた。
「よく生きていたものだ」
「お兄様が、警察と一緒にお医者様も無理やり連れて来てくださっていたのです」
「一郎はたまに、いい仕事をする」
ふっと笑った勇は、もう二度と触れることはなかったはずの彼女の手に再び触れた。念願の、隻腕だ。
「静子、俺の妻になってくれ」
静子が泣き腫らした顔を上げる。静子は無くなった勇の右腕と、勇の下がり眉を何度も見比べた。
静子は勇が何度も視たあの未来のように華やかに笑い、喜んで、と泣いた。
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