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(さっきの夢の続きか?)
僕は暗闇の中、また大きな扉の前に立っていた。
けれど今度はひとりじゃなかった。
「真広お兄さん」
「こんばんは」
二人が笑顔で横に立っていた。
「夢の中でも子守か」
「あはは、本音が出てますよー」
すずかが笑うと、すぐるが何かを気にするように振り返った。
「早くしないと」
「わかってるよ」
すずかが僕の正面に回ってたずねた。
「真広お兄さん、懐中時計を持っていますか?」
「そんなの持ってな――いや、ある」
普段の僕なら懐中時計なんて持ち歩いていない。それどころか、家にもない。けれどさっきの夢を思い出した僕は胸ポケットを探ると、すぐに冷たい懐中時計が姿を現した。
「これかな?」
「やっぱり! 真広お兄さんが〈うさぎ〉さんだったんですね!」
僕は「うさぎ?」と首をかしげた。するとすぐるがまくしたてるように話し出した。
「ボクとすずかはこの〈夢の世界〉――通称〈夢の国〉の管理人なんです」
「夢の国?」
「人が見る夢の集合世界であり、中心地。管理室。そこの管理人をボクとすずかが担っています」
「……はあ」
仕事でならどんなむちゃぶりでもこなすし、説明が難解でも理解してきた僕だけど、すぐるの話だけはまるで右耳から左耳に抜けるように頭の中に入ってこなかった。
「そして、真広お兄さんも同じ管理人なんです。時間の管理者〈うさぎ〉が真広お兄さんの役目」
すずかはそう言うと、僕の懐中時計を指さした。
「夢の国に入ることができる。さらに、懐中時計を持っているのが証拠です」
僕は思わず笑ってしまった。
「まるでおとぎ話じゃないか。そんなふざけた話――」
「ふざけてないです。真広お兄さんが夢の中でこうして私たちと話をしている。意識がある状態で……それが証拠なんです」
それでも僕は信じられなかった。
「夢の国とか、アリスとか。二人とも童話の読みすぎだよ」
「童話を呼んでいたのは、夢の国が地続きだからです。知識を得るために童話をたくさん読んでいます」
「読みすぎで現実と夢が区別できなくなってるんじゃない?」
するとすぐるがいらだつように言った。
「むしろ区別しているからこそ、夢の国で自分の役割をまっとうできるんです」
すずかがすぐるをなだめるように彼の肩に手を置いた。
「真広お兄さん。今まで本を読んでこなかったのも、睡眠時間が短いのも、夢を見ないようにするためだったんです。本能的に夢の国と自分自身を遮断するために、小説など物語を読まないように拒み、夢を見ないように短時間の睡眠しかとらないようにしていたんです」
僕は二人をあざ笑うように言った。
「何を言っているんだか。本を持たないのは、両親の教育方針だったからだ。睡眠時間だって、仕事柄忙しくてたまたま――」
――ピキッ。
何かひびが入るような音が暗闇にひびいた。
「時間がないぞ」
すぐるが叫ぶ。
「真広お兄さん。信じられないのも受け入れられないのも分かります。でも、今は私たちに協力してください。今、夢の国は時空のゆがみを起こし、各地で崩壊がはじまっているんです。どうか私たちに協力して、夢の国を一緒に再生させてください」
僕はそれでも首を縦に振れなかった。
「君たちはおかしい」
「ええ、おかしいです。私たちはこの夢の国の管理者。そして協力者であるウサギが必要だった。でも、私たちはウサギが誰かわからず、探す必要がありました。なので申し訳ないと思いながら、いろいろな親戚の家を周り、はずれの度に悪い子を演じていたのです」
僕は「意味が分からない。そこまでして夢の国を再生させるなんて、必要なのか?」と二人に言い放った。
二人は憤慨したように「必要なんです!」と答えた。
「必要です。この世界中の人たちの夢の中心地がこの夢の国。中心が崩れたらすべてが崩壊してしまうのです」
「それを未然に防ぐのが、ボクたちアリスの使命。……真広お兄さん、お願い。協力してください」
――ピキッ……。
――ミシッ……。
さらに何かが壊れる音が重なるように聞こえてきた。僕は本能的に恐怖を感じた。
「わかったよ!」
投げやりに答えた。
(所詮夢なんだ。夢で何が起きたって構うもんか)
「いいよ、わかった! こうなりゃ二人にはとことん付き合うさ」
険しい表情だった二人はようやく安心したようにほほ笑んだ。
「ありがとう、真広お兄さん!」
「ありがとう」
二人は再び僕の両脇に並ぶと、僕の手をにぎった。そして二人は開いている方の手をそれぞれ目の前の大きな扉にかかげる。
「管理者のアリス、有馬すずかが命じる。扉よ開け」
「同じく管理者のアリス、有馬すぐるが命じる。扉よ開け」
二人の声が暗闇にひびく。そして僕の胸ポケットの懐中時計が〈熱く〉かがやいた。
「えっ、えっ?」
僕が目を見開く。その間にも、懐中時計の光は強く熱を発しながらかがやき続ける。
その光は扉の中央に注がれ、遠くで「ガチャ」と鍵の開くような音が聞こえた。
「さあ、行きますよ! 真広お兄さん!」
「準備は良いよね?」
二人が一歩を踏み出す。つられて僕の足も一歩前に……。
(あーもう! せめてどうか、会社の仕事より楽でありますように!)
僕の思考はここでいったんショートした。たとえ夢でも、受け入れられることとそうでないことはあるんだ。
「道案内は任せてくださいね」
「れっつごー」
僕らは扉が半分開いたところを強引に押し開きながら進んでいった。目の前は白い光。まるで宙に浮いているような不思議な感覚に酔いそうになりながら、僕の背後でとびらは重く閉まった。
To Be Continued……。
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