入眠の章

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 僕の話を聞いてほしい。  僕の実家は裕福な旧家だった。表向きの僕は豪勢な屋敷に住まうおぼっちゃまだったけれど、その家の実態は愛人をたくさん囲う大叔父の天下だった。僕の父は大叔父の弟で、母もその親戚筋の娘だったから、そのひとり息子である僕も、大叔父を含め親族からの扱いもそれほどひどくなかった。けれど、大叔父とその愛人の子どもたちというのは、みなかわいそうなことに、遠戚に預けられたり全寮制の学校に入れられたりして、みな家から追い出されていた。悪いことをしたわけでもないのに縁を切られたという子どもも何人いることだろう。  大叔父の愛人四号だった有馬すみれという女性も、双子を産んで早々に大叔父の親戚の家に養子に出されたと聞いていた。僕が高校生くらいのころのことだ。しかしその双子は問題を起こしては養子を解消され、いつの間にか大叔父の親戚をたらいまわしにされていたという。  母親である有馬すみれが引き取れば良かったのに、と思うだろう? 僕もそう思っていた。しかし僕が大学生になったころ、双子の母親である有馬すみれは大叔父の目を盗んで家を出た。そしてその日に事故に合って亡くなった。  そのころは姫路家全体が災難に襲われ続けていた。大叔父も愛人二人を連れていくように立て続けに亡くなった。僕の両親はその災厄に巻き込まれまいと、東京に移り住むことを決めた。財産分与で手を焼いたらしいが、僕は大学卒業と同時に一人暮らしをはじめたので、実家や本家とのいさかいを知らない。  社会人になって数年。  僕の両親から「有馬すみれの子どもを預かってくれないか」との連絡が来た。もちろん最初は断った。そんな見ず知らずの子どもをなぜ預からないといけないのか、と。  両親から二度目の連絡の時、父は言った。 「二人を預かれば、大叔父の残した遺産の一部が入るぞ」と。 「生活費、養育費を差し引いても大金だそうだ」と。  しかしそれでも僕は断った。  仕事にいそしみ趣味は仕事、な仕事人間の僕はお金に困っていなかった。それに遺産だかなんだかが入ることでまたいざこざに巻き込まれたら、それこそ〈時間〉の赤字になってしまう。  両親から三度目の連絡が来たとき、僕はとうとう折れた。なぜなら「大叔父と有馬すみれ、二人連盟の遺言が出てきたそうだ。いざというときはうちが双子を引き取るように、と書かれていたそうだ」と。  いやいや、なんで今更そんなものがでてくるんだ、と。  親族の誰かが捏造したものじゃないのか、と僕は抵抗した。しかし、鑑定した結果たしかに大叔父と有馬すみれの筆跡が確認されたとのことだった。  僕は仕方なく「わかった」と答えた。両親が預かってくれればと強く思ったけれど、僕が社会人になった直後から大病を患った母と、それを介護する父が二人の子供を育てられないのは火を見るよりも明らかなこと。  長々とぼやいたけれど、つまり僕は齢二十八にして彼女ナシ恋人も婚約者も妻もいない身だというのに、双子の中学生の親代わりになってしまったのだった。
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