入眠の章

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 十年ぶりの旧家の屋敷に訪れると、使用人が「真広さまですね」と出迎えた。  屋敷の外観は奇麗にもなっていないが古ぼけた印象もなかった。十年という月日を感じさせない雰囲気。けれど屋敷に一歩はいって、僕は誤解していたんだと気づく。  大叔父が生きていたころもなかなかお金をかけたしつらえだったけれど、今はそれに輪をかけて豪勢になっている。しかし悪趣味も極まれり、成金根性むき出しといった具合の内装に、思わず眉間にしわが寄る。 「真広さん、お久しぶり。最近、足の具合が悪くてね、座ったままでごめんなさい」  客間の奥のソファに座った大きなクマ――いや、大叔母がにんまりと笑って僕を出迎えた。「おひさしぶりです」と律儀に挨拶するけれど、そんな自分がはずかしかった。 「わたくし、この後用事があるし、あなたも忙しいでしょう? さっそく二人を呼ぶわね」  大叔母は先ほどとは別の使用人に「二人を呼んで」と声をかけた。お茶を持ってきたその人は僕の前にお茶とお茶菓子ののったお皿をしずかに置くと、無言のまま礼をして部屋を出た。そして間もなく二人の子どもが客間に入ってきた。  双子だと聞いていたその二人は男女だった。顔こそ似てはいないけれど、身長は同じだし、体格もそっくりだった。 「兄が有馬すぐる。妹が有馬すずか。学校は真広さんの近所の公立中学に転入するよう手配は済ませてありますから、来週から通わせてくださいね」  兄、有馬すぐるは前髪の重いショートヘアー。大きな目で僕をじっと見ている。  妹、有馬すずかは利発そうな表情をしていた。短いポニーテールを左右に揺らしながら「こんにちは!」と僕に元気にあいさつする。 「よろしく。姫路真広です」  すぐるが「よろしくお願いします」と軽くお辞儀をした。すずかも並んで「よろしくお願いします、真広お兄さん」とお辞儀をする。 (とりあえず、基本的な礼儀はあるのかな)  僕のもとに来る前に、いくつかの親戚の家を回されたと事前に父から聞かされていたから、どんな悪童かと身構えていたけれど、少なくとも見た目にはそのわんぱくそうな様子は見当たらなかった。 「それじゃあ、二人をよろしくね。養育費は伺っている口座に毎月振り込みますから」 「わかりました。……じゃあ、行くよ」  僕は軽く手招きをすると、二人を連れて部屋を出た。  玄関には僕が来た時には置いてなかった、二人の荷物らしきスーツケースが二つ置いてあった。 「二人の荷物はこれだけ? それとも別に届くのかな?」  すぐるの方を見てたずねると、彼は目を左右に泳がせてから小さく「これだけです」と答えた。 「私たち、引っ越しが多いし転校も多いから、最低限の衣服と本ぐらいしか持ってないんです」  すずかの方がハキハキと答える。僕は元来、女の子は苦手だけれど、意思疎通はこの子の方がやりやすいな、と思いながら玄関を出た。 「僕の家まで途中バスを使うから。最寄りのバス停は……」 「大丈夫です、住所は大叔母さまに事前に教えていただきましたので!」  ここでもやはりすずかが答えた。 「すずかちゃんは元気だね」 「ありがとうございます、よく言われます」  よく言われるんだ。 「すぐるくんも、何か質問とかあったら、なんでも聞いていいからね」 「……はい」  すぐるの方は僕の声が届いているのかどうかもあやしいぐらい、上の空で歩いていた。 (不安だなあ)  双子を引き取る前は(双子の見分けがつくと良いんだけど)なんてのんきなことを考えていた。でも今は、ともに生活していくうえで問題がないことを祈るばかりだった。
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