入眠の章

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「もともと家族向けのマンションを中古で買ったんだ。部屋だけは無駄にあるから、一人一部屋でも良いし、二人で広い部屋を使うんでも構わないよ。廊下を挟んだこの部屋が僕の部屋。そこ以外ならどこ使っても良いよ」  帰宅するなり簡単に部屋の紹介を済ませる。そして二人それぞれにスペアキーを渡した。 「これでエントランスも開けられるから。失くさないようにだけ気を付けて」 「……はい」  すぐるはうなずくなり、すずかの方をうかがった。当のすずかは兄の視線に気づかず、興味津々で目をキョロキョロさせている。 「真広お兄さん、質問があります!」  挙手するすずかにつられて、僕は「はい、すずかさん」と姿勢を正して応えてしまった。 「なんでしょうか」 「探検したいです!」  小学生みたいなことを言うなあ、と思ったが、二人ともまだ中学一年生。小学生の延長みたいなものだろう、と一人合点する。 「どうぞ。好きにみて」 「やった! ほら、すーくん、行くよ」 「うん」  二人はスーツケースを置いて、手前の部屋からのぞいていく。  ちらりとうで時計を見た。まだ二時前。いつもなら仕事が大詰めを迎える前の小休憩の時間だな、なんて考えていると、目の前にすずかが立っていた。 「どうかした?」 「この家の本棚はどこですか?」 「本棚?」  僕は目を丸くした。 「うちにはないけれど」 「え! ないんですか?」  すずかはわざとらしいぐらいにおどろく。そのうしろですぐるも目を見開いた。 「〈本〉は読まないんだ。教科書や参考書は学生時代に読んでたけど、それもぜんぶ処分したし……読みたい本はみんな電子書籍で買うようにしているよ」 「つまり、紙の本がない……」  すずかはショックを受けたような顔ですぐるをみつめた。すぐるの目にはわずかに光が宿り「うん」とうなずいた。 「見つけたね」 「見つかったね」  僕は「何が?」と尋ねるが、二人はブンブンと首を横に振った。 「すーくんと私は同じ部屋が良いです」  すずかは笑顔でそう言った。僕は特に疑問を抱かずに「そう」とうなずいた。 「それならここの部屋が広くて良いと思う。ベッドが良ければ今度買うから、しばらくは置いてある客用の敷布団で我慢して」 「はーい!」  すずかとすぐるはスーツケースを持ってその部屋に入っていった。僕も振り返って自分の部屋に入った。そしてクローゼットを開いて適当な私服に着替える。スーツからラフなシャツとパンツに。うで時計もしまってスマホを胸ポケットに入れると、リビングに向かった。  しばらく二人が出てくるのを待ったけれど、部屋でこそこそ話している声が時折聞こえてくるだけで、出てくる気配はなかった。
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